勉強会一覧 原則として1月と8月はお休みです。

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2011年の勉強会一覧(敬称略)

第227回 12/8 '11
「新しいロタウイルスワクチン」産業医科大学小児科教授 楠原浩一

一般講演:「肺炎球菌ワクチン接種後に肺炎球菌性菌血症を来した1歳女児例」廣瀬 毅(飯塚研修医)

○ロタウイルス感染症の疫学

  • ほとんどの小児が、5歳までにロタウイルスによる初感染を経験する。多くは生後3ヶ月から2歳までの感染が多い。全世界では年間60万人が死亡。日本では毎年120万人が発症し、そのうち8万人が入院、死亡は10~20人程度である。死亡率は途上国が多いものの、感染率は途上国でも先進国でも変わらない。嘔吐下痢症の他に、脳炎・脳症を来すこともあり、罹患したら神経学的予後が悪く、インフルエンザ、HHV6(突発性発疹症)の次に多いと言われている。
  • ロタウイルスが重症化するのは3~24ヶ月と言われている。3ヶ月未満は、母体の移行抗体により防御されており、感染しても軽症ないし無症候性で経過する。ロタウイルス初感染が最も症状が強く、初感染後の経過として40%は以後感染しても無症状、75%は下痢なし、88%は重症下痢なし。通常2回感染すると重症下痢にはなりにくいと言われている。複数回感染すると、ロタの血清型の範疇を超えて交差免疫が成立し、一度感染すると2回目以降、症候性感染は起こりにくい。


○ロタの血清型

  • ロタウイルスの血清型はA群からG群まで7つの血清型があり、ヒトに関係するのはほとんどがA群で、A群を予防できればロタを予防できる。ウイルスの感染性にはVP4とVP7のウイルス表面タンパク質が関与。


○ロタウイルスワクチンの意義

  • ロタウイルスは全世界でも感染率が高いばかりでなく、死亡率も途上国では高いため、多くの国でワクチン接種が実際に行われている。ロタウイルスワクチン接種の意義は、完全に感染を予防するというのではなく、中等~重症の感染を防ぐのが目的である。ワクチン開発のアプローチとしては、
    • 1.動物由来のロタウイルスをベースにしたもの
    • 2.継代したヒトロタウイルスを組織培養したもの
    • 3.無症候性感染の新生児から分離されたヒトロタウイルスを自然弱毒株としたもの、の3つが存在する。


○ロタウイルス第1世代ワクチン:ロタシールド

  • 上記1.に該当するのが、第1世代ワクチンでロタシールドといい、サルに感染させたロタウイルスからワクチンを開発したものである。1998年に米国で発売したものの、接種後腸重積の多発(1万投与に1例の割合)したため、廃止になった。腸重積の原因は不明。


○ロタウイルス第2世代ワクチン:ロタリックスとロタテック

  • 弱毒化したヒトロタウイルスで作ったのがロタリックス、ヒトとウシでつくった5価のワクチンがロタテックである。ロタテックの有効性の評価としては、重症ロタの予防は98%、重症度に関係なくすべての胃腸炎の抑制率は74%、入院加療の抑制率は96%となっている。
  • ロタリックスが、今回(平成23年11月21日)、日本で初めて認可されたロタウイルスワクチンで、ヒトロタウイルス由来のワクチンである。単価のワクチンでありながら、交差免疫による防御能もある。生後6週から24週の間に、4週間以上の間隔で2回経口接種する内服用の弱毒生ワクチンである。ロタテックと同様の予防効果があり、欧米においては重症ロタが90%抑制できている。第2世代は、第1世代で問題になった腸重積の発赤頻度が激減し、安全性が担保された。現在120カ国で接種されている。

第226回 11/24 '11(第28回筑豊感染症懇話会)
「東日本大震災時の感染症対策」東北大学感染制御・検査診断学分野教授 賀来満夫

震災後の医療事情は、最初の1週間は外傷、1週目以降は感染症が主たるものだった。そしてこの災害時の感染症は、2つの様相(フェーズ)が明らかになった。

1. ファースト・フェーズ

  • 第1相は外因性感染が主体で、外部の環境からヒトに移る感染症のことである。その最も重要な感染症が破傷風、レジオネラの細菌感染とノロやロタ、インフルエンザ、麻疹のウイルス感染である。破傷風菌やレジオネラ菌は、多くの瓦礫やゴミ、土や水といった環境に生息する病原体である。破傷風に関しては、現在の50歳代以上は破傷風の免疫が低く、深い傷だけで起こりうるものではなく、分からないような浅い傷からも感染が生じうる。破傷風トキソイドが有効であった。レジオネラは重症肺炎を合併しやすく、診断としては尿中レジオネラ抗原で検出でき、抗菌剤はペニシリン系やセフェムは無効でキノロンかマクロライドが効く。ノロやロタ、インフルエンザ感染は、多くの人が密集した避難所生活で感染が拡大する。麻疹などは、支援者等の外からの持ち込み例の可能性が高かった。

2. セカンド・フェーズ

  • 第2相は内因性感染が主体である。ヒトそのものの内からの感染である。その代表的なものが誤嚥性肺炎である。水の不足で歯磨きができない、口の中が不潔になることによる口腔ケアの不足によるもので嫌気性菌が多い。次にウイルス感染に伴う2次性の細菌性肺炎である。特に高齢者ではインフルエンザ感染後の肺炎球菌性肺炎が問題となった。肺炎球菌感染症の診断もレジオネラと同様、尿中抗原で検出可能であった。トイレ不足や尿のがまんから尿路感染症も問題化した。このように災害時の感染症の問題は、地域ボーダーレス化してアウトブレイクしやすい。

○震災時における感染症対策

1.初期対応

  • 多くの人が密集して生活をしている避難所では、避難生活をしている人たちにどのようなメッセージを伝えられるか、総合的な感染症マネジメントが必要である。今回、非常に役立ったのが感染症予防のポスター(8か条)を作製して集団感染を防いだことである。

2.リスク評価

  • それぞれの避難所の水やトイレなどの状況のリスク評価が大事で、さらにその避難所自体がどの程度自治管理(ガバナンス)ができているかどうかのチェックも重要である。避難所のしっかりした管理体制が集団感染を防ぐことにもつながった。

3.ネットワーク

  • 各地域や避難所のさまざまな感染症情報を共有化していく取り組みも功を奏した。サーベイランス体制を強化するためにはネットワークを構築する必要がある。感染症は全ての壁を越える疾患であり、個人や施設、分野を超えて社会全体の危機でもある。感染症危機管理ネットワークの構築こそが一番のワクチンである。

4.震災時に役立つ感染症関連物品

  • 迅速診断キット(インフルエンザや尿中肺炎球菌抗原、レジオネラ抗原など)、口腔ケア製品(うがい薬など)、汚れ拭きとしてのウェットティッシュ、インフルエンザ治療薬として、水なしで服用可能な1回投与のイナビル、破傷風トキソイドなどが重宝された。トイレの消毒剤(ハイターなど)なども貴重であった。

第225回 11/17 '11(29回筑豊周産期懇話会)

一般演題

  • 十代妊婦を取り巻く課題ー14歳,15歳,16歳で出産した3事例よりー:垣内千明(田川市立)
  • メンタルヘルスに問題を抱える妊産婦への支援について:谷口ゆかり 他(社保田川西1病棟)
  • 飯塚病院NICUにおける院内感染対策についてーMRSA保菌者拡大・増加に至った要因と対策ー:都積直美〔飯塚NICU)
  • 当NICUにおけるハイリスク新生児を持つ母親への母乳育児指導に関する実状と課題:岡尾舞佳(飯塚NICU)

レクチャー

  • 「初産経膣分娩時の急速な分娩進行と、次回以降妊娠時の早産リスクについて」
    • 飯塚病院産婦人科 倉員正光 先生

第224回 10/20 '11
「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2011のポイント」川崎医科大学小児科教授 尾内一信

一般講演:「飯塚病院小児科におけるTBPM-PI導入1年間の投与実績とTFLXへの期待~新規抗菌剤の適正使用に向けて~」岩元二郎(飯塚児)

 近年相次いで従来とは異なる新しいタイプの小児用経口抗菌薬が登場した。日本で製造された世界初の経口カルバペネム薬であるオラペネム(TBPM-PI:テビペネム・ピボキシル、2009年8月発売)と小児用初のニューキノロン系薬であるオゼックス(TFLX:トスフロキサシン、2010年1月)の2剤である。2011年に「小児呼吸器感染症診療ガイドライン」が改訂され、過去のガイドラインにはなかったこの2剤の新規薬剤の使用基準が明確になった。
○薬剤耐性化の実態と抗菌薬の適正使用のポイント

  • 最近の日本における薬剤耐性化が著しく、インフルエンザ菌に対するBLNARや肺炎球菌に対するPRSPに加え、マイコプラズマに対するマクロライド耐性菌が大幅に増加してきている。地域別にみると日本を含め、韓国、中国といった東アジアでは耐性菌が多い。一方、世界で最も耐性化の少ない国がオランダである。オランダでは抗菌薬の使用を極端に制限しており、耐性菌は少ないものの中耳炎や乳突洞炎、扁桃炎が多く、扁桃摘出術や鼓膜のチュービング率が日本の3~4倍と言われている。抗菌剤の使い過ぎだけでなく、使わなさ過ぎも問題であり、やはり適性使用が重要である。
  • 耐性菌増加の機序として、同じ薬を漫然と長期に使うと耐性化しやすい。日本では乳幼児の薬剤耐性化が著しいと言われている理由として、日本では使用できる抗菌薬が限られていることである。耐性化を防ぐ方法として、毎回同じ薬を使うのではなく、異なる薬剤を均等に使い分けること、ミキシングすることが大きなポイントである。

○「小児呼吸器感染症診療ガイドライン 2011」のポイント
1.肺炎の重症度をシンプル化

  • 改訂前(2004年および2007年版)では、肺炎の重症度を「軽症」、「中等症」、「重症」、「最重症」の4つのカテゴリーに分類していたが、2011年版では、「軽症」、「中等症」、「重症」の3つのカテゴリーに分類し直し、「軽症」は外来治療、「中等症」は入院治療、「重症」はICUでの集中治療管理を想定したものである。さらにこの肺炎の重症度分類では、CRP値や好中球数などを削除し、主に全身状態や呼吸不全といった身体所見から重症度を分類することになった。これによって、「軽症」の範囲が広くなり、TBPM-PIやTFLXの新規経口抗菌薬の有効性も期待できることより、可能な限り外来で治療するという方針となった。

2.耐性菌に対する治療方法を明示

  • 原因微生物不明時の小児初期抗菌薬療法として、上記の肺炎の分類で「軽症」の場合、耐性菌が考慮される場合にペニシリン系としてサワシリン、ワイドシリン(AMPC)の増量またはクラバモックス(CVA/AMP)、広域セフェムでは肺炎球菌、インフルエンザ菌に抗菌力が優れているメイアクト(CDTR-PI)、トミロン(CFPN-PL)、フロモックス(CFTM-PI)の3種類に加えて、オラぺネム(TBPM-PI)とオゼックス(TFLX)の使用が明記された。耐性菌感染を疑うケースとしては、2歳以下の乳児、2週間以内の抗菌薬前投与歴がある、中耳炎の合併、肺炎・中耳炎の既往歴がある場合とした。

○マクロライド耐性マイコプラズマ感染

  • 今年は例年になくマイコプラズマ感染が多く、しかもマクロライド耐性株が増加している。日本における耐性化率は20~40%程度であるが、川崎医大では70%の耐性化率である。“耐性”の判断は、マクロライド(クラリス、ジスロマックなど)を服用して48時間以内に解熱しない場合を言う。但し、耐性化といっても発熱が遷延するだけで、重症肺炎に進展しやすいという訳ではない。マクロライド耐性菌に関しては、従来はテトラサイクリン系(MINO;ミノマイシン)が推奨されていたが、最近は小児用ニューキノロン薬(TFLX;オゼックス)が登場し有効性が確認されている。耐性株は重症化とは関係ないとは言え、発熱・咳嗽が持続する場合は、周囲への排菌が拡大するため、“マクロライド耐性”(48時間以内の解熱なし)と判断した場合は、速やかにMINOかTFLXに変更した方がよい。MINOやTFLXは耐性株に使うべきであり、初期治療はマクロライドが妥当である。ただし、同じマクロライドでもクラリスで効かないからといってジスロマックに切り替えることは全く意味がない。マクロライド系薬剤の耐性化の機序は、どの薬でも蛋白合成を阻害することによって耐性を獲得している。マイコプラズマ感染は年長児(6歳以上)に多く、2歳未満の乳幼児に少ない理由として、乳児期の感染は免疫応答が弱いため、感染しても症状が出にくく、抗体を産生する力も弱い。

第223回 9/15 '11
「乳幼児のアトピー性皮膚炎:診断と治療」佐賀大学小児科教授 濱崎雄平

○アトピー性皮膚炎(AD)と食物アレルギー(FA)の関連

  • ADとFAはもともと異なる疾患であるが、ADに30~60%の頻度でFAの合併がみられる。FAは乳児期に多いが加齢とともに食物耐性が獲得され、学童期前後で自然治癒しやすい疾患である。ADとFAの因果関係の判定は容易ではなく、以前はADの予防として極端な食物制限を行い、栄養障害など健康被害を生じるという事態も数多くみられた。重症ADの食物抗原として、不要な食物除去を避けるためには、RAST値で判断するのではなく、最も信頼性の高いのは食物負荷試験である。この食物負荷試験は、FAの確定診断と耐性獲得の診断としては不可欠な検査法である。ADにFAが本当に関与しているかどうかということは2重盲検法で比較するしかない。ADと食事に関して、除去食や補助食の有効性は現時点でははっきりとした結論は出ていない。

○ADの外用療法

  • ステロイド剤が基本であるが、Ⅰ群からⅤ群まであるストロイド外用剤のうち、小児ではⅡ群(ベリーストロング)とⅢ群(ストロング)、Ⅳ群(マイルド)をそれぞれ群別に好みの使い慣れた薬を1剤ずつ3剤用意して、皮膚の状態に合わせてうまく使い分ける。治療の基本は、スキンケアでよく洗ったあと、保湿剤を塗りステロイド剤を重層するとよい。治療の目的は、完璧に治すのではなく、普通の治療で普通の生活ができることを目標にしていく。

○タクロリムス(商品名プロトピック)軟膏

  • ステロイド外用剤Ⅲ群~Ⅳ群程度の薬効といわれ、重症ADでは寛解導入としてステロイドⅠ、Ⅱ群で初期治療のあと、寛解維持療法に有用である。特に頭部と頸部に有効で、ヒリヒリした火照り・刺激感を伴いやすい(逆に言えば刺激感は効果の裏返し)。ステロイドの顔面への長期連用は、皮膚の萎縮や毛細血管拡張だけでなく緑内障や白内障の合併もあり、プロトピックの導入によりステロイドへの依存を減らせることが利点である。現時点では2歳未満への使用は禁忌となっており、2歳以上に適応がある。小児用(2歳~15歳以下)は0.03%軟膏を、16歳以上の小児には0.1%薬剤を、原則1日2回まで使用する。

○プロアクティブ(proactive)療法

  • プロアクティブ療法とは寛解維持療法の一つで、保湿剤を中心としてスキンケアを毎日行いながら、週2回程度、皮疹が再燃しないようにプロトピック軟膏を予防的に投与する方法である。皮疹が再燃してからの治療はリアクティブ(reactive)療法といい、プロアクティブ療法で寛解を長く維持することがQOLの改善につながる。顔と体で軟膏の使い分けが大事で、まずステロイドで皮疹を消失させたあと、プロアクティブ療法として、保湿剤によるスキンケアを基本としながら、顔にはプロトピックを、体にはステロイドを週2回程度の間欠塗布を行うとよい。

○スキンケアの重要性

  • ステロイドによる寛解導入、プロアクティブ療法としてプロトピック軟膏を上手に使いながら、きれいな皮膚を取り戻すことができる。きれいな皮膚にすることがゴールではなく、きれいな皮膚になってからがスタートであるという発想が大事である。きれいな皮膚になっても毎日朝夕のスキンケアが命であることを患者指導として強調する必要がある。サボりだすとまた再燃しやすい。

第222回 7/21 '11
「小児喘息をよりよく治す~話題と展望~」大阪府済生会中津病院 小児科・アレルギーセンター部長 末廣 豊

一般講演:「この季節に多い感染性胃腸炎」飯塚市立病院小児科 科長 牟田広実


○小児喘息の3つのキーワード

  • 小児喘息を理解する上で大事な概念として「気道過敏性」・「リモデリング」・「アドヒアランス」がある。気道過敏性のテストとしては、メサコリン吸入テストが有用でフローボリュウムカーブが判定に有用。スパイロメーターで末梢気道閉塞を予測できる。

○喘息の診断

  • 1週間以上の間隔で3回以上繰り返せば喘息と診断。気道炎症とリモデリングが喘息発作に関与する。

○予後判定基準

  • 無治療・無症状が5年以上続けば“臨床的治癒”と判断し、さらに臨床的治癒に肺機能検査と気道過敏性試験が健常人と同じであると判断されると“機能的治癒”と判断される。

○秋に喘息が多い理由(September epidemic of asthma)

  • 9月にはライノウイルス感染が引き金になりやすいことと8月には吸入ステロイドのアドヒアランスが悪くなるのが原因か。

○小児喘息のPhenotype
小児期の喘息は以下の4つのカテゴリーに分類される。

  • 1. No wheezing (50%)
    • 小児喘息患者の半分はゼーゼー(wheezing)が消失するタイプ
  • 2. Transient early wheezing (20%)
    • 乳児期のみに限定して喘息を発症したもの。
  • 3. Late onset wheezing (15%)
    • 3歳までに1回も喘息がなかったが6歳までに喘息を発症したもの
  • 4. Persistent wheezing (15%)
    • 小児期から成人期にかけてずっと喘息が持続するタイプ

○喘息の重症度に基づいた治療:ステップアップとステップダウン

  • ガイドラインでは、治療前の臨床症状に基づく喘息の重症度分類に基づく治療が主体になっている。乳幼児の喘息にはLTRA(抗ロイコトリエン拮抗薬)が有用。ウイルス感染を防御する役割もある。

○吸入ステロイド(ICS)

  • 薬剤別のアドヒアランスとして、内服薬はいいもののICSはあまりよくない。ICSのステップダウンとしては、3ヶ月無症状なら減量・中止も検討して可。
  • 吸入ステロイドは、気管支のリモデリングには効果がないため、喘息の予防にはならないと言われている。吸入ステロイド(ICS)でコントロールできない場合、何を追加したらよいかについては、ICSの増量、LABA(長時間作用型)、LTRA等の選択肢があるものの、何を使うかはそれぞれ違いがあっていい。大事なことは患者のケアは、患者と寄り添うことが最も大事なことである。

第221回 7/7'11(筑豊予防接種委員会)
「乳幼児予防接種の最新事情」飯塚市立病院小児科々長 牟田広実

一般演題:「当科における1995年以降の細菌性髄膜炎の臨床」光嶋紳吾、清原壮登(飯塚病院小児科初期研修医)

「世界標準にはるかに及ばないわが国の予防接種体制」と揶揄されながらも、近年わが国の予防接種事情が大きく様変わりしてきた。2008年12月にヒブワクチン、2010年1月に肺炎球菌ワクチンが登場し、細菌性髄膜炎に対する光明が見出されてきた最中、本年3月に、この新規のヒブと肺炎球菌ワクチンに関連して7例の死亡事例が報告された。厚労省は両ワクチンの接種一時見合わせを決定した。専門家による安全性調査会が開催され、すべて同時接種であったこと、基礎疾患のある児が含まれていたことが特徴とされたが、接種と死亡の因果関係は不明、安全性には問題なしと判断し、4月1日に両ワクチンの接種が再開された。その後6月に、熊本の2ヶ月男児が同時接種した翌日に死亡した報道がなされた。この報道があってから、自主的に同時接種を見合わせる医療機関が増えてきている。同時接種は本当に安全か、筑豊小児科医会・予防接種委員会の委員長である牟田広実先生に、予防接種の意義を多角的に検証した学術的な講演をしていただいた。その一部を紹介する。
○予防接種は本当に必要か?―「作為過誤」と「不作為過誤」―

  • 「作為過誤」とはワクチンをして副反応が起こること、「不作為過誤」とはワクチンをせずに病気になり、死亡したり重篤な後遺症を残すことである。これまでの歴史や世界的な視野でみると、予防接種をせずに病気になる人が、予防接種をして副反応に苦しむ人より圧倒的に多いのが実情である。ワクチン接種後の死亡事例をいち早く取り上げて、ワクチンバッシングを行うマスコミは、「作為過誤」のみに着目して、片方の過誤である「不作為過誤」を見ようとしない。細菌性髄膜炎で死亡する割合は、1万人に1人であるのに対し、今回のヒブ・肺炎球菌ワクチン接種後の死亡は50万接種に1例の割合である。この統計学的数値も理解する必要がある。

○「副作用」と「有害事象」の理解

  • ワクチン接種後に限らず、薬剤投与後にみられるすべてのマイナスなイベント、不都合な現象が生じたことを「有害事象」という。この「有害事象」には、「真の副反応」と「偶然の紛れ込み」があり、「有害事象」と「副作用(真の副反応)」は分けて考えることが大事である。不都合な現象は、安易に「副作用」という言葉を使わず、まずは「有害事象」と捉える必要性がある。
  • 生後2ヶ月以降に推奨されるヒブと肺炎球菌ワクチンの接種時期とSIDS(乳幼児突然死症候群)の時期が一致し、また冬場から春先の死亡が多いことでRSウイルス等の感染が紛れ込む可能性もある。個々の死亡例に対して、ワクチンと関連が無いことを証明することは非常に困難なことである。死亡の原因が、副反応であるという証拠自体が存在しない。存在しないものを見せる事自体が不可能であることより、今後も予測されうる死亡事例を1例ずつ検討していっても、「因果関係不明」という判断がなされることは明白である。

○同時接種は安全か?―米国でのデータから―

  • 「副反応」なのか、「偶然により紛れ込み」なのかは比較がないとわからない。残念ながら、わが国の現状では、「有害事象」のモニタリングシステムがなく、死亡というアウトカムでの単独接種と同時接種の比較は存在しない。海外データを参照にすると、米国でも2000年3月から2002年2月の2年間に肺炎球菌ワクチン(プレベナー)接種後の死亡例が117件(10万対接種で0.4人)報告されている。米国市販後調査(VAERS)では以下のコメントを出している。『VAERSで報告された死亡症例をプレベナー接種の結果と考えることはできない。原因不明の死の方が、プレベナー接種後の死亡より多い。いくつかの体系的研究ではSIDSとプレベナー接種に関連性を見出すことはできなかった。医薬品局は、ワクチンの同時接種と原因不明の乳児の突然死との間に因果関係があるとは考えていない』

○同時接種は安全か?―日本での疫学データから―

  • 日本での死亡事例の報告があった2011年2月から3月にかけては、ヒブと肺炎球菌ワクチンの同時接種が一般的に行われ、急激に接種回数が多い時期に一致している。またSIDSが起こりやすい乳幼児期ほど接種ワクチンが多いため、同時接種が多かった可能性が高い。またSIDSの多発する時期(1月~3月)と死亡事例が一致していることも紛れ込みの可能性が高い。

○同時接種の意義

  • 同時接種の意義としては、『短期間に免疫をつけることができる。来院回数が少なくて済む(来院に伴う感染症罹患の危険性が少ない、保護者が仕事を休む回数が少なくなる)、体調が良い時を選び易い、各ワクチンの接種率が向上する、医療者の時間負担が軽減する』などがある。同時接種の方が単独接種よりも安心な理由として、原因ワクチンについては同時接種や混合ワクチンであっても同定され(例えばMMRワクチンでの無菌性髄膜炎)、補償には無関係である。定期接種との同時接種であれば、健康被害発生時には定期接種としての対応をしてもらえる。このことは接種者、市町村双方にとって有利である。
  • 医学的な見地だけでなく、補償の面からも同時接種の方が安全で安心である。複数ワクチンを同時接種する際の注意点として、海外では広く同時接種が行われており、1日に何種類接種しても構わないが、異なるワクチンを1本の注射器に吸い混合して接種してはならない。異なる部位に個別接種し、1インチ(2.54センチ)以上あけること。同日接種は同時接種にはあたらない。

○国による安全性の評価結果
-厚労省(医薬品等安全対策部会安全対策調査会)のコメント-

  • 『これまでの死亡事例、国内外の情報を踏まえると、現時点では、肺炎球菌ワクチンおよびヒブワクチンの接種と死亡例との間に、直接的に明確な死亡との因果関係は認められない。海外での死亡例の報告頻度は、肺炎球菌ワクチン対10万接種で0.1~1程度、ヒブワクチン対10万接種で0.02~1程度である。さらに海外での死亡報告の死因では、感染症やSIDSが原因の大半を占めており、いずれのワクチンとの因果関係は明確ではない。わが国も諸外国で報告されている状況と大きな違いはみられず、国内でのワクチン接種の安全性に特段の問題があるとは考えにくい。今後、6ヶ月間の対10万接種あたりの死亡数が、因果関係の有無に関わらず0.5を越えた場合に、対応を速やかに検討することとした。疫学的に考えて、今回のワクチン接種後の死亡例の報告数は「想定内」であり、今回の一時見合わせの間の検討では、新たな危険は見つからなかったとしか言えない』

○まとめ

  • 予防接種の「作為過誤」と「不作為過誤」、「副作用」と「有害事象」を理解しながらも、ワクチンがもたらす4つの恩恵を理解する必要がある。疾病の予防(小児への恩恵)、子どもが病気にならなければ経済的負担・精神的負担が軽減される(家族への恩恵)、発熱時に対して髄膜炎を心配せず、ある程度安心して診療できる(医療従事者への恩恵)、抗菌薬の適正使用が可能になり耐性菌抑制につながる(医療全般への恩恵)
  • 現実として“ゼロリスク”の安全神話などありえない。事故についての不安や心配がないという心の状態などもありえない。事故は起こりうるものとしての「安全」を認識しながら、より「安心」を高めていく努力をすることが医療者に求められる使命であろう。

第220回 6/16'11
「小児呼吸器感染症の新たな治療戦略 −耐性菌の現状と体内動態を考慮した抗菌薬の選択−」久留米大学小児科講師 津村直幹

一般演題:「当科における小児の外科的腸管感染症の診断と治療-虫垂炎と腸炎・腸間膜リンパ節炎を中心に-」山田耕治(飯塚病院小児外科部長)

 2007年以来、4年ぶりに「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2001」が刊行されました。感染症のエキスパートである津村先生にそのポイントを抑えていただきました。上気道炎の主な原因菌であるA群溶血性連鎖球菌と下気道炎の主な原因菌である肺炎球菌、インフルエンザ菌、肺炎マイコプラズマについての講演のエッセンシャルをお届け致します。

  • A 群レンサ球菌(S. pyogenes)

グラム陽性のA 群レンサ球菌(GAS)で細菌性咽頭扁桃炎の主要原因菌。菌株(血清型)は100種類以上ある。5歳をピークに4~9歳に多い。咽頭扁桃炎の潜伏期は2~5日、膿痂疹は感染後、皮膚病変まで7~10日。適切な抗菌薬投与開始24時間までは隔離する。
 従来の治療はペニシリン系薬(AMPC)の10 日間投与がゴールデンスタンダードであったが、近年はペニシリンによる除菌失敗が全体の3分の1程度(35%)存在する。除菌失敗の一番の原因が、GASの増殖を抑制する口腔内常在菌の減少による。口腔内常在菌は宿主の防御機構として重要で、ペニシリン投与はセフェム系に比べて、口腔内常在菌叢を乱しやすい。近年の研究より、小児の急性GAS性の咽頭扁桃炎の治療には、ペニシリン系10日間投与よりセフェム系5日間投与の方が臨床効果および細菌学的効果において、同等かあるいは優れていることが示された。GAS薬剤耐性に関しては、ペニシリン投与およびセフェム系には未だに耐性菌の報告はないが、マクロライド系は耐性が10%以上、テトラサイクリン系、サルファ剤には耐性が多い。セフェム系5日間投与という短期投与の利点としては、コスト抑制、コンプライアンスの向上、副作用発現頻度の減少、薬剤耐性菌出現頻度の減少、患者・保護者の精神的負担の軽減がある。
 溶連菌感染症を反復する場合は、「再燃(relapse)」と「再感染(re-infection)」と分けて考えた方がよい。「再燃」は、抗菌薬投与によって除菌されなかった菌株が感染を起こすもので、菌株の正常が同一のものである。「再感染」とは新たに獲得した菌株が感染を起こすもので、前回の菌株とは性状が異なる。ただし、家族内感染の場合は、同一菌株を再獲得する場合(ピンポン感染)もあり、厳密には再燃と再感染の判別は困難である。

  • 肺炎球菌(Streptococcus pneumonia)

 グラム陽性の双球菌でヒトの呼吸器感染症、髄膜炎等の原因菌である。莢膜を有し、白血球の貪食を受けにくいのが特徴。約90種類の血清型があり、2010年2月には7価の肺炎球菌ワクチン(PCV7;プレベナー)が導入された。肺炎球菌の薬剤耐性機構として、βラクタム薬に関しては、ペニシリン結合蛋白(PBPs)に対する薬剤の親和性低下がメインだが、マクロライド系薬に関してはリボゾームのメチル化のErm 遺伝子か、薬剤排出機構のMef 遺伝子が原因と考えられている。肺炎球菌の耐性菌分離率は、2001 年PRSPが約30%あったのが、2007年には4%にまで減少している。これは、一般のかぜに抗菌剤を使わなくなったこと(適正使用)が原因として考えられる。

  • インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)

 グラム陰性桿菌で、肺炎球菌と同様ヒトの呼吸器感染症、髄膜炎等の原因菌で、莢膜を有し白血球の貪食を受けにくい。血清型はaからfの6つに分類されており、乳幼児の侵襲性感染症の95%はb 型である。本邦では、2008年12月にHib ワクチンが導入された。インフルエンザ菌の薬剤耐性機序も肺炎球菌と同様、βラクタム薬に関してはペニシリン結合蛋白(PBPs)に対する薬剤の親和性低下かβラクタマーゼが原因で、マクロライド系薬に関しては薬剤排出機構のMef遺伝子が関与している。耐性菌分離率は、BLNAR が2001年に11%であったものが2007年には38%まで増加している。インフルエンザ菌に関しては、薬剤耐性菌が50%を占めている。

  • 肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma Pneumonia)

肺炎マイコプラズマに対しても、近年マクロライド耐性株が増加している。2002年に0%であったのが、2007年には43%も耐性化率が増加している。マクロライド耐性のメカニズムは、RNAリボゾームの遺伝子レベル(23SrRNA)のポイントミューテーション(点変異)と言われている。マイコプラズマ・肺炎クラミジア感染症の抗菌薬療法としては、第1選択薬はマクロライド系薬(CAM10 日間、AZM3 日間)が原則だが、マクロライド系薬投与後48 時間以内に解熱がみられない場合はマクロライド耐性を疑い、テトラサイクリン系薬(MINO)を10日間使用する。現在、マクロライド野生株の30~40%がマクロライド耐性であり、耐性菌では、感受性菌に比べて有意に発熱期間が延長している。しかしながら耐性菌感染例がとりわけ重症化する傾向はない。基礎疾患などで、重症化が懸念される患者や、マクロライド投与後も発熱が遷延する患者にはテトラサイクリン系薬が考慮される。

  • OPAT 療法(オーパット:Outpatient Parenteral Antimicrobial Treatment)

肺炎の重症度分類で中等症以上と判断され、入院が必要と考えられる場合でも、核家族および共働き夫婦の増加により、入院を希望しない、あるいは入院ができないケースが増えてきている現状で、外来抗菌薬静注療法(OPAT)が注目されている。1日1回 CTRX50mg/kg を1時間点滴療法する。この治療法は近年耐性菌が増加している肺炎球菌やインフルエンザ菌にも有効であると同時に、患児のQOLの改善や保護者の経済的負担の軽減にもつながることが期待されている。しかし安易なOPAT を行うことは危険であり、患児の状態如何によってはOPAT での治療が不適切である場合の速やかな判断が要求される。

  • オラペネム(テビペネムTBPM-PI)の使用法

 日本で開発し発売された世界初の内服用カルバペネム系抗菌剤であるオラペネムが登場した。本剤は、適応は肺炎、中耳炎、副鼻腔炎であるが、特に小児の肺炎に対し、OPATに匹敵する抗菌薬療法として期待される。実際にはOPAT を考慮するような場合には最初から使用する。1ヶ月以内に抗菌薬の前治療がある場合は、耐性菌の可能性が高くなるため軽症でも最初から使う。発熱を伴う気管支炎の診断で抗菌薬を使用し、2日後に改善が乏しい場合には、CRPなどをチェックし肺炎の臨床診断でオラペネムを開始する。中耳炎に関しては、メイアクトやクラバモックスを使っても短期間で再発したり、耳漏がなかなか治らない場合に使用する。肺炎でも中耳炎でも、オラペネムを使うと1日で熱は下がる。熱が下がらないときは川崎病等の細菌感染以外の疾患を考える必要がある。

  • 抗菌剤の不適正使用

 抗菌薬の適正使用の考えは重要であるが、適正使用とは抗菌薬を使わないことではなく、必要な症例には速やかに、十分量で短期間用いることが重要。抗菌力が弱い薬をだらだら長期使うことが耐性菌を増やす原因になる。抗菌剤の不適正使用の5 つのポイントを示す。

* 長期単剤投与(同じ薬をだらだら長く使うことは控えるべし)
* 過少投与(薬剤量は少し多めの量がベター)
* 不必要な投与(ウイルス性のかぜには抗菌剤を使わない)
* 不適切な投与方法・回数(PK/PD 理論に基づく投与が必要)
* 不適切な予防投与(尿路感染症に対する予防投与が適切かを判断すべし)

 抗菌剤を使わないという耐性菌を減らす選択が、逆に患者を危険にさらすことがあってはならない。耐性菌を減らすことと、安全性を確保することのバランスを常に念頭において診療にあたる必要がある。

第219回 6/9 '11(28回筑豊周産期懇話会)
「災いか福音か?・・新生児における低体温療法実施の注意点」久留米大学医学部小児科学准教授 岩田欧介

一般演題:「早期介入できた新生児GBS感染症」鍵山慶之 先生(飯塚児)

第218回 5/19 '11(27回筑豊感染症懇話会)
「肝炎ウイルスの感染とその予防-特に母子感染を中心として-」鳥取大学名誉教授・聖路加看護大学客員教授 白木和夫

感染を防止することによって癌を予防できる病気がある。肝細胞癌(HBV,HCV)、成人T細胞白血病(HTLV1)、子宮頸がん(HPV)などであるが、近年日本でもワクチンで防げる癌に対する予防接種の機運が急速に高まってきた。

○HBV母子垂直感染防止事業の歴史

  • 1985 年厚生省局長通達で「HBV母子垂直感染防止事業」が発令され、86年からe抗原陽性の妊婦から出生した児にHBIGとHBワクチンの母子感染防止事業がスタートした。1995 年にはe抗原陽性の有無に関わらず、全HBVキャリアの妊婦から出生児に適応が拡大された。また開始当初は、出生時の臍帯血検査が義務付けられていたが母体血のコンタミがあり、臍帯血でのHBs抗原陽性であったために、児にワクチン接種が受けられずに、結局キャリア化したケースもあったため、95年から臍帯血検査は中止された。
  • 1985年わが国で母子感染によりHBVキャリアとなった児は全出生乳児の0.26%だったのが、防止事業開始9年後には0.024%と十分の一に激減し、母子感染防止事業の有効性が実証された。

○HBV感染の疫学

  • HBV感染の感染経路は、ワクチンによる母子垂直感染が激減したとはいえ、感染経路別では母子感染が約7割弱で最も多く、次いで父子感染、家族内感染の順となっている。急性肝炎の25%がHBV感染であり、その中でも50%以上が性行為による感染で、輸入HBVとしてのジェノタイプA型が増加しているのが特徴である。急性肝炎としては軽症化しているものの、10%程度が慢性化しているのが現状である。

○ユニバーサルワクチネーションの必要性と問題点

  • 生まれたばかりの赤ちゃんに、HBVワクチンを接種することをユニバーサルワクチネーション(UV)と呼び、日本や英国、北欧の国々を除く、世界158カ国で新生児期におけるUVが行われている。日本の乳幼児はHBVに対する免疫がない。HBVは、HCVやHIV よりも感染力が強く、唾液や体液から感染しやすい。特に母子垂直感染以外にも乳児期に父親や祖父母、同胞からの水平感染によりHBVに感染しやすい。キャリア化した場合は、保育所や幼稚園で他児への感染があり、感染児の入所拒否もあり疎外感を生みやすい。
  • 乳児期以外の感染として、成人期での感染として問題化されてきたのが、性感染としてのHBV感染である。欧米からの輸入HBV感染で、成人期の従来型(日本に多いジェノタイプC型)では、感染(急性肝炎)してもキャリア化はないとされていたが、A型が多い欧米では、10%がキャリア化するといわれている。成人期の感染が増加してきたことより、ユニバーサルワクチネーションは、内科サイドからの要望が強くなってきた。

○HCV(C型肝炎ウイルス)

  • HCVはHBVと異なり、感染力は弱く、家族集積は稀である。母子垂直感染とヒト-ヒトの水平感染、輸血(血液製剤)、注射器からの医原性感染もある。母子感染率は約10%程度で、年間150例前後の報告がある。感染のリスクファクターとして、HCVRNAが高値であること、経腟分娩では感染率が高いことが挙げられる。また母乳感染に関しては、HCVはHBVと同様全く問題ない。キャリア化に関しては、HBVのほとんどが乳児期であるのに対し、HCVは乳児期から成人期と幅広い。乳児期にHCV に一旦感染しても、4 歳以内には30%が自然消失しやすいのも特徴である。
  • HBVは、e 抗体陽性でも一部の児に劇症肝炎になる例もあり、さらにはe 抗原陽性児では小児期に肝硬変、肝癌のケースも報告がある。HCVは劇症肝炎になることはなく、小児期での肝硬変・肝癌への進展はない。HCV慢性肝炎に対しては、インターフェロンによる治療が成人と比較し、非常に奏効する。
  • HBVもHCVも感染症を引き起こすウイルスである。新興感染症、再興感染症という言葉もあるが、感染症は疫学が変移する。感染症は、ワクチンや公衆衛生、災害等の社会、環境、文化の程度に応じて変化することを念頭におき、目先のことより先々を見通した冷静かつ柔軟な対応が必要である。

第217回 4/21'11
「小児医療に求められる”地域力”ーCommunity Pediatricsを考えるー」
たはらクリニック 田原卓浩

一般演題:「飯塚病院の小児医療に関わるソーシャルワーカーの役割」若杉恵実(飯塚病院MSW)

○将来的な人口の減少と小児医療の転換期

  • これからの日本は、全人口の減少と同時に、小児人口も段々と減っていく。この「人口減少」をしっかり視野に入れた上で、小児科医一人あたりが診る15歳未満人口が減少していくことを常に意識しながらの診療が大事である。また現在小児科の女性医師は34%程度であるが、今後も女性医師の占める割合が増加することが予想される。このような状況下で、日本の小児医療体制が現状のままでよいのか。目的、役割分担に応じた戦略的なシステム、小児医療の考え方の転換が要求される時代となってきた。

○「地域総合小児医療」の概念
「地域総合小児医療」は、地域の子ども達とその家族のサポートとして、以下5つの大きなコンピテンシーが要求される。

  • 1.遭遇する頻度の高い疾患の診療、指導を行いながら1次・2次医療を推進すること
  • 2.地域のこどもを守るための育児支援として地域医療・福祉・保健政策に貢献すること
  • 3.予防接種など子どもの成長と発達を維持し、健康で安全な子どもの生活を守りながら子どもと家族の代弁者として行動すること
  • 4.疫学や健康に関する啓発活動、教育的な臨床研究を実施しながら調査研究活動を行うこと
  • 5.そして医療機関が保健所、保育園、学校、行政などとの地域内・地域間の連携を行うこと

これからの小児科医の担うべき機能、子どもの「総合診療医」として要求される技能は、育児支援、子どもの代弁者、子どもに関わる人とのネットワーク、救急時間外診療、保健政策への積極的な貢献である。どのような過疎の地域の中にあっても、地域医療の理念は「公共の善のために尽くす」という利他の精神が必要であり、アタマは低く、アンテナは高くしながら自らの日々の行動を変容させていくことである。

○プロフェッショナリズムとパートナーシップ

  • 小児科医としてのプロフェッショナリズムは、子どもが罹患する疾患への対応(Disease oriented Pediatrics)と子どもの健全な発育への総合的支援(Health oriented Pediatrics)の両者が包括されなければならない。両者のバランスを保ち、より地域に密着して、他者と協調していくことがパートナーシップ、すなわち“絆”である。この小児科医としてのプロフェッショナリズムとパートナーシップこそが、「地域総合診療」“Community Pediatrics”を推進していく両輪である。

第216回 3/17'11(総会)
小児科呼吸器感染症の話題: 新しいウイルスを中心に
産業医科大学 医学部小児科学教授 楠原浩一

○下気道感染症の起炎菌の同定法

  • 気管支炎・肺炎といった下気道感染症の際に、咽頭・鼻腔培養を行い、その培養結果をもって、概ね起炎菌とすることがあるが、上気道の起炎菌は必ずしも下気道の起炎菌を反映している訳でない。千葉大小児科では、舌圧子を使用して、喀痰を直視下に採取し、喀痰洗浄培養を行うことによって起炎菌を同定する方法を行っているが、この方法は手技が煩雑で、習熟を要する。この方法よりも簡便にできる方法として、吸引用カテーテルを鼻腔から挿入し、下咽頭部で、カテーテルの刺激によって咳を誘発し、咳に合わせてブラインドで痰を吸引する方法である。この経鼻下咽頭吸引法で、喀痰を採取し、これを塗抹染色し、喀痰の品質の評価を行い、同時に喀痰培養を行うことで下気道感染の起炎菌を同定しようとするものである。

○基礎疾患のある児とない児の起炎菌の比較

  • 上記の経鼻下咽頭吸引法で得られた起炎菌を肺疾患や神経筋疾患といった基礎疾患のある児とない児で比較した結果、培養結果に2群間で差がなかった。下気道感染の3大起炎菌であるインフルエンザ菌>肺炎球菌>モラキセラカタラーリスが、2群間で同様の頻度で検出され、それ以外の菌は、基礎疾患があろうがなかろうが、起炎菌として差がなかった。また耐性菌の割合も差がなかった。この研究から、下気道感染の起炎菌と薬剤耐性は、基礎疾患によって影響されないことが判明した。

○呼吸器感染症を来たす新しいウイルス;ヒトメタニューモウイルスとボカウイルス
 *ヒトメタニューモウイルス(hMPV)

  • hMPV はRSVの流行期よりも少し遅れて3~5 月にピークがある。RSVが3歳までにほぼ100%感染するのに対し、hMPV は5歳までにほぼ100%感染する。新しく発見されたとは言え、見つかっていなかったっただけで、昔から存在していたウイルスである。RSVとほぼ同じ臨床像をとり、6 割が細気管支炎の病像で、RSVに次ぐ細気管支炎の原因ウイルスと言われている。感染により喘息の悪化、中耳炎の合併が多いと言われている。診断はRT-PCRが主流である。

 *ヒトボカウイルス(hBoV)

  • 2005 年スウェーデンより報告されたウイルス。日本の小児では5%程度の検出率で、初感染は生後6ヶ月ごろよりみられ、5 歳までにはほぼ全員が罹患する。診断はRT-PCRによるが、感染後も長期間にわたりPCR陽性が持続するため、PCRのみでは病原ウイルスとは言えず。ウイルスの量が多いときか、血中よりウイルスが検出されたら病原体と判断する。

○新型インフルエンザウイルス(AH1N1pdm)の検証

  • 感染者は5~10歳の小児に多く、急激に呼吸困難からウイルス性肺炎像を呈する症例が多数みられた。新型は季節型と異なり、上気道よりも下気道に親和性が高く、増殖しやすいことが証明された。また脳症例も季節型が1~3歳に多いのに対し、新型は肺炎と同様、5~10 歳に多くみられた。季節型は、高齢者に死亡が多いのが特徴だが、新型の場合、高齢者は少なかった。ただし、一旦感染すると重症化する傾向にあった。また新型の特徴として、20~40 歳台の成人の重症肺炎、死亡率が高かったが、抗体の力価が弱く、また免疫複合体を形成し、補体が活性化されやすいためと言われている。

○新しい抗ウイルス薬

  • 従来のタミフル、リレンザに加え、静注用製剤としてラピアクタと吸入用製剤のイナビルが登場した。ラピアクタは、重症例に対し経静脈的に確実投与が可能、しかも1 回投与でタミフル耐性にも効果がある。但し予防投与には適さない。一方イナビルは、年齢の制限なく、1 回の吸入で治療が終了する。プロドラッグで、徐々に気道に分泌されるlong acting の薬剤で、予防投与にも使用可能である。ラピアクタとイナビルは、同じ1 回投与でも、作用機序が異なる。

○RS ウイルスのワクチンと治療薬

  • RSウイルス感染予防としては、特定の乳児に対して、モノクローナル抗体(商品名シナジス)による受動免疫が行われているが、能動免疫としての実際のワクチンとなると実用化が困難である。RSウイルスには、A,Bふたつのサブグループがあり、何度でも罹患しやすいこと、再感染を防げないこと、重症化しやすいのは新生児から乳幼児期にかけての月齢であり、コストパフォーマンス的にみても採算が取れにくいこと、母親からの移行抗体が免疫応答を阻害しやすいことなどが実用化されにくい理由である。抗RSV薬として、海外では核酸アナログ製剤であるリバビリンの吸入療法がハイリスク群で使用されている。他にCAN-RSV01(鼻腔噴霧剤)、RSV-604(経口ベンゾジアゼピン薬)が現在治験中である。

第215回 2/24’11(27回 筑豊周産期懇話会)

レクチャー「急性妊娠脂肪肝を疑った1例」前原 都(飯塚産婦)

演題
「精神疾患合併患者の看護を振り返って」福本恵子,川村直子,宮本朱美,野中由美子(飯塚産婦看護師)
「3年目助産師から看た退院後母親支援のあり方」垣内千明,藤本清美,林昭子(田川市立産婦看護師)
「当科で経験した新生児消化管アレルギー」田中悠平(飯塚児)

「新生児ミルクアレルギー」について

 日常診療の中で、生まれたばかりの赤ちゃんの血便や嘔吐、下痢、腹満など、時々遭遇するかと思います。新生児期に発症する消化管(ミルク)アレルギーがあり、まずはこの疾患に気づくこと、鑑別に上げることが診断治療において最優先されます。
◯新生児ミルクアレルギーの疫学

  • 血便・嘔吐・下痢・腹部膨満が主要4 症状であり、敗血症型を呈する重症例もある。血便の頻度が最も高く約7割、下痢と嘔吐がそれぞれ5割、腹部膨満が4割と言われている。発症時期は新生児期に多く、約半数は生後7 日以内に出現しやすい。原因はミルク(牛乳調整粉乳、豆乳など)が主因で、頻度は全出生の約1%程度である。

◯新生児ミルクアレルギーの機序

  • 新生児ミルクアレルギーも「食物アレルギー」の臨床型に分類されるが、乳児期以降に発症する卵や牛乳など摂食後に起こるIgE依存型で即時型の典型的なアレルギーとは機序が異なる。新生児ミルクアレルギーは、育児用粉乳の牛乳が原因のIgE非依存型であり、細胞性免疫が主体の非即時型(遅延型)の反応である。新生児期の生理学な特徴として、消化管の粘膜防御機構が未熟なため、消化酵素活性が低く、蛋白が低分子化されにくいこと、上皮細胞間隙のtight junctionが未発達なこと、分泌型IgAが少ないことがあげられる。このためミルクの高分子蛋白の透過性が亢進し、抗原が体内に侵入しやすい。低出生体重児や早産児では、特に消化管粘膜防御機構が未熟であるために、感作が成立しやすい。牛乳蛋白のうち、β-ラクトグロブリンとカゼインの抗原性が高い。

◯新生児ミルクアレルギーの検査

  • 本疾患の病態は、IgE非依存型ということもあり、IgE依存型で即時型アレルギーの検査で重要視される総IgEや特異的IgE(RASTは、検査としては診断的価値が低い。非特異的検査としては、末梢血好酸球数や便粘液の細胞診(好酸球の集塊の確認)があるが感度は高くない。特異的な検査として、ALST検査(アレルゲン特異的リンパ球刺激試験)があり、本疾患に関連の深いミルク由来アレルゲンに対する刺激試験で、カゼインとラクトフェリン、αラクトアルブミンの3種類があり、他の検査よりは有用性が高いものの保険診療外で、費用が高額であるのが難点である。

◯新生児ミルクアレルギーの治療

  • ミルクアレルギーが疑われた場合は、まずは原因除去のため、ミルクを一時的に中止し、母乳を試してみる。母親の乳製品除去を行い、それでも症状がある場合は、アレルゲン除去調整粉乳としての治療乳(加水分解乳かアミノ酸乳)を開始する。

◯新生児ミルクアレルギーの診断治療指針

  • ステップ1. 血便・嘔吐・下痢・腹満といった症状からまずは本症を疑う。
  • ステップ2. 検査により他の器質性疾患との鑑別を行う
  • ステップ3. 母乳か治療乳(加水分解乳)に変更し、症状消失を確認する。
  • ステップ4. 1ヶ月毎に体重増加の確認を行う。
  • ステップ5. 負荷テストを実施する。

◯授乳中の母親の食物制限

  • 授乳中の母親に対する食物アレルゲン除去は、乳児期以降のアレルギー疾患の発症には関与していないとする報告が国内外で多く、食物アレルギーの予防策としては推奨されないことになっている。よって妊娠中および授乳中の母親の安易な食物制限は行うべきではなく、偏りのない食生活を行うことが重要である。

第214回 1/27’11
小児科医に知って欲しい小児整形外科疾患
九州労災病院 第2整形外科部長 白仁田 厚

一般演題:「当院で経験した小児の整形外科関連疾患の2症例」

  • 1. 化膿性膝関節炎の4ヵ月女児 阿南圭祐 先生
  • 2. 反復性骨折の7歳男児 清田康弘 先生
  • ◯整形外科(Orthopedics)の語源
    • Orthopedics の「Ortho」とは、「真っ直ぐ矯正する」の意、「pedics」は足、小児の意で、Orthopedicsとは、小児の足をまっすぐに直すというのが語源で、原点は小児整形。シンボルマークも曲がった木を矯正するようなものになっている。整形外科(Orthopedics)と小児科(Pediatrics)は縁の深い関係である。
  • ◯感染性疾患(化膿性関節炎と骨髄炎)の診察
    • 診察の際は、子ども(乳幼児)と大人の違いを認識することがポイント。大人は痛みと部位を訴えることができるが、新生児や乳幼児はできない。小児科の利点として、全身状態を把握するには長けているが、時として皮膚や骨関節の詳細かつ軽微な局所所見(発赤、腫脹の他、特に小児では仮性麻痺など)を見落としやすい。全身も大事だが、局所所見をしっかり診ることが肝要。また鑑別として、悪性疾患(白血病や神経芽細胞腫)や血友病の骨・関節病変もあるので、白血球分画や凝固系のチェックも大事。血液培養は必ず行う。
  • ◯感染性疾患の画像検査
    • 化膿性関節炎の単純X 線のポイントは、関節腔の拡大、骨融解像、骨融解と骨新生の混在した所見、骨膜反応の他、軟部組織の腫脹もしっかりと見る。エコーでも関節腔の拡大や液体貯留の確認(echo free space)の他、X 線と同様周辺の軟部組織の腫脹も確認する。
  • ◯感染性疾患の治療
    • 化膿性関節炎は、手術(切開・排膿・ドレナージ・持続灌流)がファーストチョイス。小児科医は解熱や炎症反応の正常化をもって治療の有効性を評価しがちだが、整形外科医の視点は、関節の破壊・変形・成長障害を防ぐということ、あくまで小児ならではの関節の発育、機能の問題を最重要視する。そのために手術は必要不可欠である。
    • 関節炎・骨髄炎の起炎菌としては、黄色ブ菌(MRSA)>インフルエンザ菌(HiB)>肺炎球菌(PISP,PRSP)の順となっており、耐性菌が原因であることも多い。抗菌剤のエンピリックセラピーとしては、まずはbroad のカルバペネムから入り、起炎菌が同定されてから、narrow な抗菌剤に変更する。経静脈投与は、炎症反応の指標でCRP2.0 以下、血沈15 未満になるまで行う。この基準をクリアしたら、およそ1 ヶ月間は内服薬を続ける。
  • ◯先天性股関節脱臼(先股脱)
    • 先股脱は、以前はCDH(Congenital Dislocation of the Hip)と呼んでいたが、現在は、出生後の股関節脱臼もみられるため、DDH(Developmental Dysphasia of the Hip)と呼ばれている。胎児期は上下肢ともに屈曲位であるのが普通で、出生後から足を延ばす(伸展させる)ことをすると後天的な脱臼になりやすい。コアラ抱っこが推奨される。DDH は何はともあれ、早期発見が重要で、特に4 ヶ月健診が重要である。DDH のハイリスク因子として、女児であること、骨盤位、家族歴がある、脚長差がある(Allis sign)、クリックサイン、皮膚のシワの非対称、開排制限(股関節90 度開排が可能かどうか)の有無などがある。治療はRb(リーメンビューゲル)法で、整復率は80~85%と言われている。
  • ◯筋性斜頸
    • 胸鎖乳突筋の短縮により頸部に腫瘤を形成するもの。生後1週から10 日でしこりとして確認され、生後20 日でピークに。およそ9 割は自然治癒する。1 歳までは経過を追う。斜頸側に枕を当て、反対側から呼びかける等の工夫が必要。なおマッサージは禁忌であり、自然治癒を妨げると言われている。
  • ◯小児の代表的股関節疾患
    • 小児の股関節疾患の鑑別としては化膿性股関節炎、単純性股関節炎、ペルテス病、大腿骨頭すべり症の4 つが挙げられる。共通の症状としては、仮性麻痺(関節を動かさない)、跛行と股関節痛が多い。鑑別のポイントとして、各股関節疾患の好発年齢があるのを理解するとよい。
    • 化膿性股関節炎は0~2 歳の乳児期が多いのに対し、単純性股関節炎は、3~6 歳の幼児期が多く、エコー上での関節液の貯留(echo free space)の確認と内転制限と内転時痛、急性期のみで症状が長続きしないのが特徴。ペルテスは、好発年齢が6~8 歳、小学校低学年の元気のよい小柄な男子に多い。鼠径部よりも、初発症状として、約3 割は“膝の痛み”を訴えることがある。X 線上は骨端核が破壊(壊死像)され、各種ステージが混在しているのが特徴。単純性股関節炎は内転制限があるのに対し、ペルテスは外転制限のことが多い。ギザギザでなく丸い骨頭を維持するため、2~3 年間の装具療法が必要である。すべり症は、10~12 歳の小学校高学年の肥満の男児に多く、両側の発症が25~45%ある。ドレーマン徴候が診断のポイント。