勉強会一覧 原則として1月と8月はお休みです。

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2012年の勉強会一覧(敬称略)

第237回11/15'12(第32回筑豊周産期懇話会)

一般演題
  1.「漢方治療が著効した産褥期血栓性静脈炎の1 例」田中クリニック 浜崎泰江
  2.「母乳早期確立のための取り組みと課題」飯塚病院新生児センター 藤田あい
  3.「第4 度裂傷発症した初産婦の支援について」社会保険田川病院 内田はるか

ショートレクチャー「産科医における麻酔」 社会保険田川病院 産婦人科 坂本宜隆 先生

第236回11/7'12
「インフルエンザ感染の重症化とその対策」徳島大学疾患酵素学研究センター 木戸 博 教授

一般演題:「除菌療法(PAC療法)を施行したヘリコバクター・ピロリ感染症の2例」尾辻亮介,嶋 勇一郎(飯塚病院研修医)

 インフルエンザは誰にでも感染するが、ある体質を持った人は重症化しやすいと言われている。インフルエンザに罹患し脳症を発症し死亡するケースが、毎年10万人当たり3名程度存在する。なぜ重症化する人とそうでない人がいるのか、代謝・酵素といった生化学レベルの研究から病態が解明されてきた。

○インフルエンザ重症化の背景

  • インフルエンザの重症化には血管内皮細胞の障害が密接に絡んでくる。もともと血管内皮細胞が障害されやすい糖尿病や妊婦、透析患者、肥満などを有する患者はハイリスク患者であるが、生まれながらにして血管内皮細胞の障害のある人は重症化しやすいことが分かってきた。血管内皮細胞の障害が、末梢循環不全となり、多臓器不全に進展する。

○インフルエンザ -サイトカイン- プロテアーゼサイクル

  • インフルエンザに感染するとサイトカインが産生され、そのサイトカインがプロテアーゼサイクルを活性化し血管内皮細胞を障害する。インフルエンザウイルスが増えるために重要な酵素がトリプシンであり、このトリプシンがプロテアーゼ(蛋白分解酵素)として重症化に関与する。脳の血管内皮が障害されると血管透過性が亢進し、血液脳関門(BBB)のtight junction が破綻し脳浮腫を来たし、脳圧が亢進して脳症となり死に至る。脳だけでなく、心臓においても、血管内皮細胞の障害が起こり、血管がずたずたになると血栓が出来やすくなって心筋梗塞で突然死しやすい。インフルエンザ脳症や心筋炎は代謝病であるといえる。

○脂肪酸代謝とエネルギー(ATP)産生障害

  • 血管内皮細胞の障害は、さらに生化学レベルでみると、ミトコンドリアにおけるエネルギー(ATP)産生が障害されることにより起こりうる。ミトコンドリア膜に存在するCPTⅡ(カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ-2)という脂肪酸代謝(β酸化)に関わる酵素の活性が低下するとカルニチンが低下し、ATP 産生も低下する。この酵素はATP 産生には必要不可欠なものである。
  • とくに重症化しやすい体質の人は、この脂肪酸代謝におけるCPTⅡ活性の低下あるいは欠損症の人であることが分かってきた。高熱が持続するとCPTⅡの酵素活性が低下することにより、ATP レベルが急速に低下し、血管内皮細胞が障害されて浮腫を来たす。CPTⅡ酵素欠損症には、致死性新生児型と熱不安定型があり、東アジア人種に多く遺伝子多型があることも分かってきた。

○インフルエンザの予防と治療

  • タミフルやリレンザといった抗ウイルス薬は、早めに使えば使うほどウイルスの増殖サイクルを止めるため発熱を抑え、重症化も防ぎやすい。ただし欠点は、抗原としての暴露が弱いため、抗体産生が不十分ということであり、再感染しうるということである。免疫原性(抗体産生)を高めるものとしてアジュバントがあるが、このアジュバント効果が期待できるものとして、クラリスロマイシン(CAM)がある。CAM には粘膜免疫の誘導作用(分泌型IgA 抗体の産生促進作用)があり、実際のインフルエンザの治療としてはタミフル、リレンザに粘膜免疫増強作用と抗生物質作用を併せもつCAM を併用すると肺炎や気管支炎も防げて、かつ再感染をも防ぐことが可能である。

○経鼻インフルエンザワクチン

  • 現在行われているインフルエンザの皮下注射では、抗体は血液の中でしか作られない。気管支炎や肺炎を予防するには、気道粘膜免疫(sIgA)増強作用がある経鼻ワクチンが有効であり、実用化が待たれる。

○日常診療の心得

  • 高熱になると体内の酵素活性が弱まってしまう。酵素活性が弱まるとエネルギー(ATP)産生が弱まる。よって重症化(脳症や多臓器不全)させないためには、エネルギー危機にさせないことである。大事なことは高熱の際に、飢餓状態にさせないこと、空腹にさせないことが非常に重要である。熱を下げる、適切に解熱剤を使うことで、一時でも食事が進むような状況を作ってあげることが大事である。病気(熱が出た)の時に食事をするということ、栄養を摂るということは、すなわち細胞レベルの栄養(ATP 産生)が枯渇しないようにすることであり、重症化を防ぐことであることを心得ておくべきである。但し解熱剤と言ってもアスピリンやボルタレン、メフェナム酸などはβ酸化を障害するために使用すべきでなく、安全に使用できるのはアセトアミノフェンだけである。

第235回10/18'12(第30回筑豊感染症懇話会)
「ワクチンの最近の話題と今後の課題ーHib・肺炎球菌ワクチンを中心にー」鹿児島大学医学部微生物学教授 西 順一郎

一般演題:「インフルエンザ感染症と治療について」石本和久(飯塚病院児)

○Hib・肺炎球菌の病原性

  • インフルエンザ菌も肺炎球菌も細胞壁に莢膜多糖体をもち、これが病原因子となりうる。インフルエンザ菌の場合、この莢膜多糖体に対する抗体が、抗Hib莢膜多糖体(PRP)抗体で、オプソニン作用や補体の活性化など感染防御作用を持つ。母体からの移行抗体としての抗PRP抗体は、生後3ヶ月には低下し、その後は大腸菌等との交叉免疫で自然に上昇すると言われている。保育園に通園し出すとHibも肺炎球菌も保菌率が上がるため、通園する前にワクチンを接種する必要がある。ワクチンを打つことによって、個人の免疫が付くばかりでなく、集団免疫(Herd immunity)効果として園児全体の保菌率も低下する。さらには高齢者への侵襲性感染症も防ぎうると言われている。2008年12月にHibワクチン導入直後、鹿児島市は全国に先駆けていち早く公費補助を打ち出し、全県下の細菌性髄膜炎の発症数は年々明らかな減少が確認されている。

○ワクチンの同時接種と安全性

  • 最近日本でもワクチンの種類が増え同時接種が推奨されているが、ワクチン接種の投与間隔に関してはしばりがある。日本では、生ワクチン接種後は27 日以上開けること、不活化ワクチン接種後は6 日以上開けて次のワクチンを打つこととなっているが、米国を初めとした世界標準は、生ワクチンと不活化を同時接種しても、次のワクチン接種は間隔など問題なく、いつでも接種可能である。日本の接種間隔の概念には医学的な根拠はなく、副作用の観察目的のための間隔日数の設定にすぎない。Hib・肺炎球菌ワクチン(PCV7)接種後の死亡事故報告例が、平成24 年5 月までに計17 例の報告がなされている。13 例(76%)が同時接種であったものの、単独接種でも4 例(24%)の死亡報告があった。これらの死亡事例はワクチンが原因とは言えず、偶発的な疾病の混入による紛れ込み事例の可能性が高い。このように副作用とは言えない有害事象は必ず起こるものであり、ワクチンとの因果関係を過剰に強調すべきではない。乳児期の紛れ込み事故で鑑別にあがるのが乳幼児突然死症候群(SIDS)であるが、生後2~6 ヶ月に多く、原因不明とされている疾患であるため、この時期のワクチン接種後の死亡はSIDSのような紛れ込み事故と重複しやすい。ワクチンが普及すればする程、接種後の偶発的な死亡者が全国で年間8~20 名程度ありうると推測される。
  • 同時接種により重篤な有害事象の頻度は増えない。単独接種のために接種が遅れて病気を発症する可能性も否定できないため、適切な時期に適切なワクチン接種をすることが必要。世界基準では同時接種は長年普通に行われてきた医療行為である。

○Hib ワクチンの追加接種の時期

  • 現行のHib ワクチンの標準的接種スケジュールは、初回免疫3 回(2~6 ヶ月で開始)と初回免疫後おおむね1 年後に追加免疫1 回となっているが、市町村行政担当者は「追加接種はおおむね1 年後でないと補助はできない」としている。ところが抗PRP 抗体は、初回免疫で増加はするもののおよそ1 年後の追加接種前には抗体価は減少している。Hib 髄膜炎のリスクは低年齢ほど高く、追加接種を遅らせてよい理由はない。免疫学的には、追加接種はおおむね1 年後ではなく、もっと早い時期に接種してブースターを高めてあげることが大事である。

○肺炎球菌のSerotype shift

  • ワクチンを接種したにも関わらず発症してしまうことがあるが、この場合、3 つの原因がある。一つ目は“Breakthrough infection”で、不完全なワクチン接種での発症(3 回接種のところを2 回だけだったり、十分なブースターがかかっていない状況)、二つ目は“Vaccine failure”で、予定されたワクチンスケジュールを遵守したにも関わらずに発症した場合、三つ目は“Non-vaccine type infection”で、ワクチンが対象としない血清型のタイプで発症(Serotype shift)するものである。現在の7 価の肺炎球菌ワクチンであるPCV7 には含まれていないタイプの6A,19A といったタイプの血清型による侵襲性肺炎球菌感染症が増えてきている状況で、Serotype shift が目立ってきている。13 価の肺炎球菌ワクチンの導入が待たれる。乳児では、すでに保菌した状態でPCV7 を打っても、保菌株の血清型の抗体はあまり上昇しないといわれており、保育園入園前の接種が重要である。

○今後定期接種化が検討されているワクチン

  • 現在国が定期接種化を検討しているワクチンとして、Hib と小児用肺炎球菌ワクチン、ヒトパピローマウイルス(子宮頚癌)ワクチンの3 つは優先的に行うとしている。水痘とムンプス、成人用肺炎球菌ワクチンの3 つは安定的な財源を確保した上としている。他にB 型肝炎ウイルスとロタウイルスが候補に挙がっているがエビデンスや専門家の調査結果をふまえ検討するとしている。
  • 近年麻疹、風疹、百日咳の成人例の増加が各地より報告がある。水痘、ムンプスは初感染に比べて軽症であるものの再感染例の報告もある。また自然感染による罹患者が減少したため免疫刺激が少なく、ワクチンを接種したにも関わらずに罹患する(Vaccine failure)例が増えてきており、ワクチンによる免疫の維持が不完全なため、麻疹や風疹、水痘、ムンプスは1 回接種では不十分で2 回接種の必要性が強調されている。百日咳の追加接種も2 期のDT だけでなく、DPT の方を推奨している。水痘ワクチンは免疫原性が低いため、約50%が接種後に発症する。1 歳過ぎたら早めに接種し、3 ヶ月以上あけて2 歳未満に2 回目の追加接種を推奨している。ムンプスワクチンもVaccine failure の頻度が高いため、1歳過ぎたら早期に接種し、5 歳以上7 歳未満での2 回目接種を勧めている。

○西先生のTake home message

  • 1.Hib ワクチン・PCV7 により髄膜炎・菌血症の減少がみられており、同時接種による乳児期早期の普及が重要。
  • 2.Hib ワクチンの追加は、1 歳早期での接種が望ましいが、現行では行政の理解が必要。
  • 3.肺炎球菌のSerotype shift が進んでおり、PCV13 の早期導入と定期接種化が望まれる。
  • 4.水痘・ムンプスも2 回接種が必要である。

第234回 9/20'12
「ちょっと気になる症状−てんかんを始めとする神経疾患の診断の糸口−」産業医科大学小児科准教授 下野昌幸

一般公演:「腹腔鏡補助下に根治術を施行した全結腸型ヒルシュスプルング病の2例」宮田潤子(飯塚病院児外)

○てんかんとは?

  • てんかんとは慢性の脳の病気で、大脳の神経細胞が過剰に興奮するために脳の症状(発作)が反復性(2回以上)に起こるものである。発作は突然に起こり、普通とは異なる身体症状や意識、運動および感覚の変化が生じる。てんかんは通常無熱性で、繰り返し起こるのが特徴で、1回だけの発作では“てんかん”という診断は付けられない。但し1回目の無熱性けいれんでも、発達に問題があったり、基礎疾患を有している児で、脳波上明らかな異常波があれば、てんかんと判断し、抗けいれん剤を投与することもある。

○てんかん発作:発作分類と症候群分類、発作の起こり方の分類

  • てんかん発作は通常、生後3 ヶ月以降に大脳皮質が働き出してから生じる。てんかんの分類は、発作型による分類と症候群による分類、発作の起こり方による分類がある。発作分類とは起こっている発作をそのままの形で表現したもので、強直発作・間代発作・欠伸発作・脱力発作などをいう。一方症候群分類は、てんかんの発症年齢や発作型、脳波、治療への反応性、予後などを含めて特徴的な所見を症候群としてとらえる分類で、特に年齢依存性の代表的疾患としてWest 症候群やLennox-Gastaut 症候群などがある。またてんかんの発作の起こり方から、部分発作と全般発作がある。体の一部のけいれん、左右不対称のけいれんの場合は、大脳皮質の一部からでる局在てんかん(部分発作)で、脳波でも脳の一部から発作波が出る。全身に出現して左右対称なものが全般てんかん(全般発作)で脳幹部や脳梁に焦点がある場合をいい、脳波上では脳の両側対象性に出やすい。正確な診断には、発作時のビデオ脳波同時撮影が有効。

○代表的な年齢依存性のてんかん症候群

1.West 症候群

  • 生後3 ヶ月から1 歳にかけての乳児期に発症する。発作型は電撃礼拝けいれんのシリーズ形成と脳波上のヒプスアリスミアが特徴で、特発性のものと染色体異常や脳奇形等の基礎疾患のある症候性がある。特発性のものでは発達の遅れもないケースが1割ほどあり、知的障害の程度も様々である。基礎疾患のないケースでは、ACTH 療法を早めに行った方が予後はよい。難治性の場合は、3 歳過ぎになるとLennox-Gastaut 症候群に移行することが多い。

2.Lennox-Gastaut 症候群

  • West 症候群よりももう少し遅い2 歳から8 歳位の年齢で発症し、難治性であり知的障害は必発で、重度の精神発達遅滞(てんかん性脳症)を呈することもある。発作型は強直を主とし、非定型欠伸発作、失立発作、ミオクロニー発作など多彩な発作型が特徴。脳波上は、発作間欠期で広汎性遅棘除波結合(diffuse slow spike and wave complex)が特徴である。

○脳腫瘍による器質性てんかん

  • 視床下部の過誤腫による器質性てんかん“笑い発作”が特徴的である。何の脈略もなく楽しそうに笑うのが特徴で、笑い発作の後に強直性のけいれんや暴言を吐くなどの情動発作もある。短時間の間の感情の起伏が激しい。乳頭体直上の視床下部に異常組織が迷入した過誤腫によるものが多い。性ホルモンの異常による性早熟症を呈することもある。

○不随意運動を呈するけいれん様発作

  • PANDAS:溶連菌感染後2~4 ヶ月して不随意運動(小舞踏病)、筋緊張低下、性格の変化が出現するもので、溶連菌感染後の免疫異常による大脳基底核の病変が特徴的

第233回 7/19'12
「小児下気道感染症の起炎菌について」新潟大学医歯学総合病院小児科助教 大石智洋

一般演題:「感染性心内膜炎の2例」 飯塚病院初期研修医 喜多亮介


 小児の下気道感染の代表的な起炎菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌、そしてマイコプラズマ感染症に対する最近の動向を紹介します。日本における肺炎球菌の耐性化の割合はPISPとPRSPを合わせて約6割、インフルエンザ菌の耐性化の割合もまたBLNARとBLNAI併せて約6割と高い。このような耐性菌が蔓延している状況下で、小児の中耳炎および肺炎に対していかに適切に抗菌薬を使っていくかを講演されました。特に小児の細菌性の中耳炎と肺炎およびマイコプラズマ感染に関してポイントを解説します。

○急性中耳炎の起炎菌

  • 小児の細菌性中耳炎の児のおよそ7割から肺炎球菌とインフルエンザ菌が分離されている。中耳貯留液からウイルスが検出される割合は5%程度に過ぎない。急性中耳炎は3歳までの乳幼児期に小児の4分の3が罹患する頻度の高い疾患で、中耳炎での入院症例は肺炎球菌感染がほとんどである。

○中耳炎の治療

  • 抗菌薬の適応に関しては、2歳未満の乳児と2歳以上の重症(中等度から重度の耳漏があるか、39度以上の発熱があるもの)の中耳炎には抗菌剤を使う方が望ましい。インフルエンザ菌、特に耐性株であるBLNARに関してはCDTR(商品名メイアクト)が有用である。CDTRの場合は、PK/PDの理論から従来の9mg/kg/日の用量よりも高容量の18 mg/kg/日の投与量が推奨されている。肺炎球菌PRSPに関してはCVA/AMPC(商品名クラバモックス)が治療薬として優れている。

○肺炎の治療

  • 小児市中肺炎の重症度の判定としては、「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2011」を参照にする。6歳未満の外来における耐性菌感染が考えられる「軽症」の肺炎に対し、新規抗菌薬であるTBPM-PI(商品名オラペネム)とTFLX(商品名オゼックス)の処方、および経口セフェムの増量かAMPC増量、さらにはCVA/AMPC処方が推奨されている。TBPM-PIは、PRSPに対しては経口抗菌剤の中では最も高いMIC0.12、経口セフェムのCDTRは、BLNARに関してはMIC0.5 と最も高い。TBPM-PIは肺炎球菌のみならず、BLNAR(MIC1)にも十分な効果が期待される。
  • ガイドライン上の肺炎の「中等症」は入院の適応となり、抗菌剤は静注用製剤のペニシリン系薬剤(ABPC,PIPC,SBT/ABPC)か広域セフェム(CTRXなど)が適応となる。臨床症状(熱、SpO2)が改善した場合は、治療開始2~3日後にはCDTRなどの経口の抗菌剤に変更する。呼吸器感染症としてのインフルエンザ菌に関しては、ヒブ(Hib)ワクチンが導入されたものの気道感染におけるHibの検出割合は10%未満にすぎず、ほとんどはnon-Hib(無莢膜型)であり、ヒブワクチンが導入されてもnon-Hibの肺炎の減少は期待できない。

○マイコプラズマ薬剤感受性の動向

  • 肺炎球菌およびインフルエンザ菌による肺炎は6歳未満に多いものの、6歳以上はマイコプラズマが6割を占めるため、常にマイコプラズマを意識しての診療が大事である。従来は効果のあったマクロライドの耐性株が年々右肩上がりに上昇している。マイコプラズマ流行年の2003年の耐性率は5%であったのが2006年には30%、そして2011年の流行時には何と90%近くまで一気に上昇している。
  • マクロライド感受性菌の平均有熱期間が1.3日にあるのに対し、耐性菌は3.6日となっており、マクロライド(CAM,AZM)開始から2日間解熱しない場合はマクロライド耐性菌を考慮する。

○マイコプラズマ感染の治療薬

  • 初期治療としては、マクロライド系で始めるものの、2日間内服しても解熱しない場合はマクロライド耐性菌を考慮し、テトラサイクリン(MINOなど)またはキノロン(TFLX)系薬剤に早期に切り替えることがポイントである。但しテトラサイクリンは8歳未満では歯牙の着色を来たすことがあるため使用できない。TFLXの投与期間は7~10日必要。このTFLXは、肺炎に適応症はあるもののマイコプラズマには適応がないため、保険診療上は注意を要する。このTFLX(商品名オゼックス)は、他剤より気道分泌液中の濃度が上昇しにくいため、特に肺炎球菌に対する耐性の発現には注意を要する。
  • マイコプラズマ感染の重症度には菌体そのものよりも、サイトカインIL-18の関与が強く、血清LDHと相関する。LDHが500IU/l以上の場合は、IL-18も1000pg/ml以上のことが多く、1週間以上発熱が持続することが多い。この場合は高サイトカイン血症を抑える意味でステロイド剤が有効である。

○マイコプラズマの診断

  • マイコプラズマ感染の診断として、血清IgMを測定する方法があるが、長期にわたる持続陽性があり、疑陽性の症例が多く急性期の診断には適さないことが多い。またこれまでの診断に最有力であったPA法は、単一血清で320倍以上、ペア血清で抗体価の優位な上昇があれば診断に有力であるものの発熱から1週間近く経過している症例でもPA法で抗体価があがらないケースも多い。
  • マイコプラズマの新しい診断法として、平成23年10月よりマイコプラズマLAMP法が保険収載(保険点数300点)され、咽頭または鼻咽頭ぬぐい液からの検体採取での診断が可能となった。LAMP法はPCRと同様、核酸増幅法であり感度・特異度もPA法よりも高いため、診断には有力なツールである。(飯塚病院でも本年7月よりLAMP法によるマイコ診断が可能になった。)

第232回 6/14'12(第31回 筑豊周産期懇話会)
「新生児の診察・ケアと周産期からの子育て支援」国立九州医療センター小児科医長 佐藤和夫

○電子メディアの弊害

  • 子どもの健全な成長・発達に影響を及ぼす電子メディアの弊害として、架空の過激な暴力シーンや性的な映像等を見慣れてしまうことによって暴力・攻撃性の現実化や性の問題が低年齢化してきている。さらに喫煙や飲酒、薬物濫用といった非行のみならず、運動不足や肥満、睡眠障害や日常行動の問題、学業成績といった様々な問題がメディア漬けと関係付けられている。周産期からのテレビやビデオといったメディアに慢性的に慣らされることにより、親子のふれあいが奪われ、子ども達の心身の健全な発達に何らかの影響を及ぼすことは必至であると考えられる。テレビを見せることで子守り代わり(電子ベビーシッター)にすることや英語に慣らさせるための早期教育ビデオも本当に必要なのかを吟味する必要がある。さらにインターネットの普及により、ネット依存(中毒)、ネットいじめから、セクスティング(Sexting:性的なメッセージや写真を携帯電話間で送信する行為)やネトゲ廃人(ネットゲームにハマりすぎて、現実の生活が破綻してしまった人たちのこと)なる電子メディア特有の現象が生み出されている。

○メディアリテラシー

  • 基本的信頼感(Basic Trust)、親子の絆、愛着は“ふれあい”によって育まれていく。リテラシーとは、読み解く力という意味。メディア漬けになるのではなく、メディアを有効に利用すること。見たい番組を見る、終わったら消す、メディアの情報を鵜呑みにするのではなく、評価・批判して親子で価値観を共有し、薬物療法と同じで用法・用量を家族ぐるみで決めておくことが大事である。

○「子どもとメディア」に関する提言

  • 日本小児科医会は、2004年に「子どもとメディア」に関して、下記5項目を提言した。
    • 1.2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう
    • 2.授乳中、食事中のテレビ・ビデオの視聴は止めましょう
    • 3.すべてのメディアに接触する総時間を制限することが重要です。1日2時間まで、テレビゲームは1日30分までを目安としましょう
    • 4.子ども部屋にはテレビ・ビデオ、パソコンを置かないようにしましょう
    • 5.保護者と子どもでメディアを上手に利用するルールをつくりましょう
  • 現在の青少年にみられる電子メディアによる弊害を防ぐためには、乳幼児期の早期からの対策が必要である。怖い感染症には乳児期のワクチンによる予防接種が有効であるように、メディア漬けにも周産期からの予防が必須である。
  • 『早寝・早起き・朝ごはん、テレビを消して外遊び、ゲームを止めて親子のふれあい』、まず今日から食事中のテレビを止めましょう!テレビやスマホよりも親子のふれあいを!!予防は周産期からの啓発を!!

第231回 5/17'12(第29回 筑豊感染症懇話会)
「海外渡航関連感染症とトラベルクリニック」久留米大学感染医学 臨床感染医学部門教授 渡邊 浩

一般演題「ヘリコバクター・ビロリ菌感染症と治療について」久保川 賢 診療部長(飯塚病院消化器内科)

○はじめに ―日本の渡航医学の現状―

  • 日本の海外渡航者は、現在年間1500万人程度だが、「トラベルクリニック」や「渡航医学」という概念はまだまだ浸透していない。特にワクチンに関する意識が低く、外国(特に途上国)に渡航する場合、欧米人のワクチン接種率が90%以上であるのに対し日本人は5%以下、ワクチンカードを持っている日本人は10%以下にすぎない現状である。ネパール人医師の日本人に対するトラベラーズワクチンの重要性を強調した警告のメッセージがある。“The Japanese need travel vaccination.”(日本人よ、もっとワクチンを!!)


○渡航医学の諸問題

  • 海外渡航で健康上の問題でまず大事なのが、現地にどういう病気(感染症)があるのかを理解することである。流行している感染症が国や地域によって異なることがあるため事前の準備は大事である。斡旋する旅行会社は感染症予防に関して無知であったり、無視したりすることがあり、またアドバイスを無視する旅行者自身の問題もある。さらに日本ではワクチンや予防薬の費用に関しては保険が効かないため高額負担になりやすい。


○海外渡航者にとってのワクチン

  • 海外渡航するものにとって必要なワクチンは以下の3種類がある。
    • 1.Routine vaccine 日本で通常に行われている定期接種のワクチン
    • 2.Required vaccine 黄熱などのワクチン証明書が必要なワクチン
    • 3.Recommended vaccine A型肝炎・B型肝炎・腸チフス・髄膜炎菌ワクチンなど、現地で必要性のあるものを推奨するワクチン
  • トラベラーズワクチンの中には日本国内では、未承認のワクチンも少なくない。承認されていないため、重要な健康問題が発生した場合は救済制度がないことを被接種者から同意を得ておく必要がある。


○代表的な渡航感染症

  • 1.日本脳炎
    • 日本では年間10人程度の発症だが、東アジア~東南アジア~南アジアではまだ発生率の高い(年間3万~5万の発症)感染症で3分の2は脳炎後の後遺症を残しやすい。コガタアカイエカが媒介する。
  • 2.A型肝炎
    • 途上国での生野菜摂食で感染することが多い。(渡辺先生の同僚の医師が現地で生野菜を食べた後、日本に帰国後にA型肝炎(全身黄疸)を発症した事例を紹介。途上国で生野菜を食べるということは自殺行為に等しい!と解説)
  • 3.B型肝炎
    • 無防備な性交渉やピアス・刺青・タツゥー・針治療等で感染しやすい。一見清楚な若い女性が、趣味でお尻にタツゥーをしていてB型肝炎に罹患したというエピソードも紹介された。
  • 4.破傷風
    • 日本では年間100人程度、開口困難、後弓反張という症状が特徴的。世界中どこでも感染する可能性があり、破傷風トキソイドはトラベラーズワクチンとしては必須。アフリカではコモンディジーズ。
  • 5.狂犬病(Rabies)
    • 狂犬病ウイルスを持った犬やコウモリなどから咬まれて発症する病気(人畜共通感染症、Zoonosis)。発病すれば致命率はほぼ100%。症状としては、水を飲もうとする時や冷たい風が当たった時など、激しい有痛性のけいれんが起こることがあり、患者は水分摂取を拒否したり(恐水症)、風を避けたり(恐風症)する。日本では1949年、太平洋戦争後の社会的混乱期に狂犬病が流行し、狂犬病の死亡者が76例報告された。翌年の1950年には狂犬病予防法が成立し、飼育犬の登録や狂犬病ワクチンの義務接種等の対策が行われ、1957年以降は人の狂犬病も犬や猫の狂犬病も国内発生は見られなくなった。現在日本国内での狂犬病ワクチンの接種は必要ないとされている。ところが2006年に国内で2例(60歳代)の狂犬病患者が発生し、いずれもフィリピンで飼い犬に咬まれて発症した輸入症例であることが判明した。今後日本で発症するとすれば、海外からの帰国者の輸入狂犬病が発生する懸念がある。(フィリピンでの狂犬病患者のターミナルの状況のビデオを提示。脳症による錯乱状態の患者の場合、多くは麻酔薬で眠らせて安楽死させるケースが多いという。)
  • 6.マラリアとデング熱
    • 共に蚊を媒体とした熱帯地域に多い感染症。マラリアは都市部よりも農村に多い。ハマダラカによるものが多く、屋内で吸血する習性を持つ。いくつか種類のあるマラリアの中でも特に「熱帯熱マラリア」は診断が遅れると死亡することがあり、絶対に見逃してはならない病気で、早期診断・早期治療がポイント。発熱と汎血球減少を伴いやすい。迅速診断キットがある。
    • デング熱はマラリアとの鑑別が重要で、マラリアとは流行地が異なり、都市部に多い。ネッタイシマカが媒体。発熱と肝機能障害を伴いやすい。予防としては、マラリアとデング熱に対するワクチンはないが、防蚊対策(長袖・長ズボン・虫よけスプレー・蚊帳など)は必須。
  • 7.旅行者下痢症
    • 24時間以内に4回以上の下痢をすれば感染性腸炎を、かつ下血や粘血便があれば細菌性腸炎を疑う。旅行者下痢症の6~8割は細菌性で、大腸菌感染が最も多く、赤痢や腸チフスが次ぐ。特にインドでは、“右手(素手)で食べて左手で排便後の尻を拭く”習慣があり、“郷に入れば郷に従え”でやると大事に至りやすい。旅行者下痢症が多い地域では、経口補液である“OS-1(オーエスワン)”がとても重宝される。(特にインドに渡航の際は、トラベラーズワクチンとして、A型肝炎・B型肝炎・腸チフス・日本脳炎・狂犬病・髄膜炎菌ワクチンを推奨している。)


○最後に

  • 海外渡航の際は、感染症だけでなく、エチオピアやネパールなどの高地に行く場合は「高山病」などもあり、頭痛や嘔吐など感染症と間違えやすい疾患もあるので注意が必要である。日本は相変わらずのワクチン後進国であり、ワクチンの啓発も含め、「トラベルクリニック」という概念を日本に浸透させることが渡辺先生の夢であると熱く語られた。

第230回 4/19'12
シンポジウム「筑豊地域の小児救急医療を考える」

「福岡県筑豊発小児救急”飯塚方式”」 飯塚病院 小児科 岩元二郎
「小児救急医療における家庭医の役割」 頴田病院 家庭医 茂木恒俊

「小児救急医療における看護師と医師の協働-小児救急認定看護師の役割-」日本看護協会 認定看護師教育課程 小児救急看護学科 吉野尚一 先生

○小児救急認定看護師とその役割

  • 「認定看護師制度」は、特定の看護分野において熟練した看護技術と知識を用いて看護現場における看護ケアの広がりと質の向上を図ることを目的に設立された。小児救急看護学科は2005年に設立され、2006年に始めての「小児救急認定看護師」が誕生し(第1期生15名)、2012年現在、全国で130名が登録されている。小児救急認定看護師に期待される能力として、1.適切なアセスメントとトリアージ 2.不慮の事故に対する分析と指導 3.小児救命技術・看護技術の実践と指導 4.家庭での育児能力向上に向けた関わり 5.子ども虐待への予防と早期発見・適切な援助の5項目があるが、重症疾患の多い成人の救急看護では救命技術が多く要求されるのとは異なり、軽症が多い小児の救急看護は育児支援的な関わりが重要視される。

○トリアージ(Triage)

  • トリアージとは患者評価の過程の ひとつであり、治療優先度決定と適切な加療場所の決定を行うもので、通常3~5分以内に完結する。患者の主訴に対し、緊急度を判断するために、問題の本質を見極めるための問診が必要で、「最も可能性の高いもの」ではなく、「最も危険性の高いもの」を思い浮かべることが大事で、低い可能性でも致死的な病態を見逃さないことがトリアージに要求される。トリアージでは、“いちばん初め”の患者評価を担当する医療者として、緊急度を見極め、適切な診療優先順位を決定すること、加療場所を決定し、適切なタイミングで診療につなげること、救急患者の流れの改善を促進すること、待合室内の患者の再評価と病態悪化を回避できることが要求され、限られた人・もの・場所を適材適所に分配することがトリアージには重要。ソフト面の対応としては、温かく共感にあふれたアプローチを行うこと、医療従事者と患者のコミュニケーションを改善すること、そして不安や迷い、悲しんでいる家族をささえること。緊急度の高低に関わらず、すべての患者に目を向け、耳を傾けること。医学的必要度のみならず、社会的援助が必要な問題を見極める機会でもあることの認識もまた大事である。

○子どもの権利としての 4つの柱

  • 子どもには、「生きる権利」、「守られる権利」、「育つ権利」と「参加する権利」の4つの権利がある。子どもを医療に参加させるためには、成長発達を踏まえた上で子どもに選択肢を与える。痛みも苦痛も伝え、その中で子どもができることを伝える。子どもを治療に参加させることによって、子どもにとっての成功体験を積み重ねること、自己効力感、達成感を育成していくことが大事である。

○プレパレーション

  • プレパレーションとは、子どもの発達に応じた説明や配慮をすることによってネガティブな反応を最小限に、あるいは緩和されるように小児の対応能力や頑張りを引き出す関わりのことをいう。子どもの心の準備と倫理的配慮がプレパレーションには必要である。プレパレーションを受けた場合、子どもは結果の予測がつき、コントロール感があることで不安や恐怖感が減じる。そして情緒的ストレスが減り、情報や流れを把握できる。

○救急医療は“一期一会”

  • 子どもにとっての1回の経験は、“トラウマ”にも“自信”にもなりうる。その経験を決定づけるのは医療者の関わりである。子どもをアセスメントして、どのように看護介入をするかが鍵となる。また小児救急を利用するすべての子どもと家族に看護援助が必要な訳ではなく、援助を必要としている対象を見極めながらしかるべき援助を提供する。

○5 つの C

  • 小児救急医療において、看護師と医師が協働していくためには5つのCが必要である。Communication(コミュニケーション)、Consensus(コンセンサス)、Common language(共通言語) 、Coordinate(コーディネート)とChild-centered care(子ども中心主義)である。互いを正しく理解し、信頼関係を構築していく。そして相互理解のための共通言語を使いながら双方向の利益を共有していく。個人間での問題解決を求めないことも大事。


最後に、山本五十六の次の言葉で締めくくった。「やってみせ 言って聞かせてさせてみせ ほめてやらねば人は動かじ 話しあい 耳を傾け承認し 任せてやらねば人は育たず やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば人は実らず」

第229回 3/14 '12
「臨床を学び、臨床に学ぶ」久留米大学小児科教授 芳野 信

 芳野信(まこと)先生は、1971年(昭和46年)に久留米大学医学部を卒業後同大学小児科に入局、途中基礎医学(医化学教室)で研鑽を積まれた後、1985年にLesch-Nyhan症候群で有名なNyhan教授のもとに米国留学、1990年に同大学小児科助教授、1996年同大学小児科教授に就任され、今年2012年の3月で定年退職されました。41年の長きにわたり、久留米大学での教育・研究・臨床に従事され、特に先天代謝異常症の分野では日本のトップリーダーになられました。今回は先生の退職にあたり、上記タイトルで貴重な講演を拝聴できました。

○代謝疾患の症例との出会い

  • 小児科入局当時、頻回の嘔吐で入院になり、急激な経過で翌日には死亡した3歳8ヶ月の男児の症例を経験された。本児は過去にも代謝性アシドーシスを伴う反復性の嘔吐があり、病理解剖では脳浮腫と肝臓の脂肪変性が認められた。何らかの先天代謝異常症が疑われたが、この症例を契機に代謝疾患への道が開かれた。

○運命的な患者との出会い~髙アンモニア血症と OTC 欠損症~

  • [1]5歳7ヶ月の女児で、焼肉を食べた後、嘔吐・意味不明の言動・高アンモニア血症を来し入院。へテロ接合体女児で、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症と診断した。通常の古典的OTC欠損症は、X染色体伴性劣性遺伝でヘミ接合体の男児に発症し、その40~45%は新生児期に発症、生後2~3日以内、早ければ数時間以内に高アンモニア血症の症状が出現する。残りは乳児期に発症する。ヘテロ接合体の女児では、新生児期から発症するものもあれば無症状までさまざまである。
  • [2]1986年9月、昏睡と間代性けいれん、高アンモニア血症(2300ug/dl)を来した58歳男性の診察を依頼され、血清シトルリンの低下、オロット酸の上昇を確認した。酵素活性を調べた結果、OTC欠損症と判明し男子遅発型OTC欠損症として、日本で初めて報告した。さらにこの患者の家系図をもとに調査した結果、本疾患患者が存在していたことが分かり、その居住地を調べた結果、半径140キロメートル以内に集中していることが判明した。ハプロタイプの遺伝子分析(一塩基多型:SNPS)を行った結果、本疾患の一部は新生突然変異として多元的に発生し、一部は創始者効果があることが分かった。この高アンモニア血症の患者との出会いが、先天性代謝疾患の中でもOTC欠損症をライフワークとする契機となった。

○遺伝相談のピットフォール

  • Lesch-Nyhan症候群(高尿酸血症、自傷行為、重度の精神発達遅滞が特徴で伴性劣性遺伝)の家系の遺伝相談があった際、3人の子どものうち2人は男児で本症候群と診断。もう一人の娘である長女は、母親と同様の保因者と診断した。数十年後、この娘の動向を母親に尋ねたところ、娘は生涯結婚せず、障害者の世話をしたいという思いで、施設で働いていることを聞かされた。この時先生は、保因者診断が一人の女性の生き様を変えてしまうくらいのインパクトがあり、責任の重さを痛感されたそうである。

○研究のすすめ

  • 研究して得られた事実は、ささいな事でも英文で公刊しておくことが重要。いつか誰かが見てくれる。かたちにしておかなければ永遠に失われる。そうすることが協力してくれた患者さんに対する倫理的義務である。研究の価値は、新奇性・独創性にある。失敗を恐れず、挑戦することが大事。また研究を行う上で大事なものは、人脈(広く、良き人間関係)を培うことである。特に稀少疾患の場合は、日本だけでなく世界の研究者と症例の共有ができる。

○臨床医学における化学、そのパワーと限界

  • 自然科学の興隆が生み出した命題として、普遍性・理論性・客観性がある。医学ではEBMがあり、根拠になる論文の評価としてエビデンスレベルがあるが、より上位のレベルに属する情報の方が信頼性は高いといえる。しかしその個別の情報の質を100%提供するものではなく、EBMがすべてではない。個体側(患者側)の要因には多様性があることを理解する必要がある。EBMに依拠する医療は、個人の体験に基づく医療よりも大きく誤る確率は低い。しかし、常に自分自身の感性でEBMに依拠して行った医療が妥当かどうかモニターする必要がある。

第228回 2/23 '12(第30回筑豊周産期懇話会)

一般講演:「乳房トラブルの現状報告」内田美由紀 他(飯塚産婦)
     「生後早期の児血清を用いた子宮内炎症の評価方法」原田英明(飯塚児)
     「HPVワクチンの啓発プロジェクトの活動報告」穐吉秀隆(田川市立児)
○HPV 啓発プロジェクトの概要

  • HPV(ヒトパピローマウイルス)は、女性特有のガンの第2位を占める子宮頸ガンを引き起こすウイルスであることが知られ、日本でも2009年12月にHPVワクチンが発売となった。感染予防のワクチンがガンの予防のワクチンにもなりうるため、ワクチンの周知と普及を図ることを目的に、田川市郡管内で啓発プロジェクトを立ち上げた。HPVワクチンは、初交年齢以前の接種が望ましいとされるため、諸外国では12歳前後での接種が推奨、日本では10歳以上を対象としている。10歳以上の田川市郡在住の女児を対象とした本プロジェクトは、田川地区小児科医会と田川市立病院の共同事業として2010年3月15日より開始した。

○開始後の運用状況と問題点

  • ウイルスと子宮頸癌に関する教育的な内容を記した書面による通知の他、養護教諭・教員に対する研修、対象児童・生徒もしくは保護者に対する講演等を企画し学校側に交渉したものの、当初はことごとく拒絶された。学校側は「性教育」としての認識が強く、医療サイドが出向いての啓発活動を拒み続けた。
  • 子どもたちにどう伝えるべきかを考えた際、「性教育」にすべきか、「健康教育」にすべきかを考慮した際、主眼は癌の予防であって「性教育」の話ではない、「健康教育」としての啓発プロジェクトであることを訴え続け、ようやく2011年12月、郡内の一小学校より依頼があり、女児だけでなく男児も一緒にした講演が実現した。子宮がん検診の重要性、HPVワクチン接種に前向きな感想が数多く寄せられた。これまでの学校側との交渉で、深く感じたことが「医療」と「教育」の間の溝は大きいということであった。

○啓発活動(健康教育)を実践していく上での 3 つの視点

  • 健康教育(ヘルスプロモーション)を実践していく上で、参考となる方法がある。「愛育村活動」と「child-to-child approach」、「child-to-adult approach」である。
  • 「愛育村活動」とは、昭和9年恩賜財団母子愛育会が設立された時にさかのぼる。当時わが国の乳幼児死亡率が高く、特に農村・漁村に著しいことが分かり、この乳児死亡率の高い農村漁村を選び、「愛育村」に指定し教育活動を行った。この活動の特徴は市町村が単位ではなく、小学校の校区が単位であることである。機械的に割り振られた行政区画ではなく、お互いに様子の分かる、生活の場を共有したコミュニティーを単位としていることである。愛育村には、助産師や看護師の資格を持つ者が配置され、出産前後の訪問による健康指導により、乳児死亡率を減少させることができた。
  • 「child-to-child approach」とは、子どもが子どもを教育する、すなわち年長の児が弟や妹の世話をすることから着想された健康教育のアプローチ法である。この方法は学校などで正しい知識を身につけた上で、自分の身の回りの家庭や地域の現状を知り、それをどのように解決していけばよいかを話し合い、実行し、そして評価していくというものである。このアプローチの仕方の利点は、専門家が直接対象者に伝えるよりもはるかに多くの人に知識を伝達できるということと、子どもたちは身近な年長者の言うことを良く聞き、年長者もよく年下のものを管理している点である。この「child-to-child approach」はUNICEF公認の用語である。
  • 「child-to-adult approach」とは、大人から子どもへの教育というよりも、子どもから大人への教育を意味するもので、飲酒運転や喫煙の影響など、子どもたちから学ぼうというアプローチの方法で、この言葉は、穐吉部長の造語であるという。

○CoMET TAGAWA

  • 教育をすることによって、学ぶことによって行動変容がなされなければならない。行動変容は知識によってのみ得られるわけでなく、動機付けが重要である。子どもたちにとっての学びの場は「学校」であり、「医療」サイドから発する健康知識を周知徹底するには、「学校」といかに連携していくかが重要な課題となる。穐吉部長は、医療界と教育界とが直接交流をすることを目的として、子ども達を見守り支える環境をより良いものにしていく場として、「田川の医療と教育の連携をはかる会:Collaboration of Medical and Educational Team(CoMET)TAGAWA」を立ち上げた。田川の医療と教育の関係を、「愛するということは、お互いに顔を見合うことではなくて、一緒に同じ方向をみることである」(サン=テグジュぺリ)関係にしながら、お互いの目と手で子どもたちを包み込む星の光で照らすことができればと、穐吉部長は語っている。

レクチャー:「新生児仮死への対応」 七種 護(飯塚児)