勉強会一覧 原則として1月と8月はお休みです。

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2013年の勉強会一覧(敬称略)

第248回 12/18 ’13
「小児科医から内科医へー小児慢性腎疾患のtransition」久留米大学医療センター小児科教授 伊藤雄平

 小児期から診ている慢性疾患患児が成長して成人の年齢に達した場合、従来は「キャリーオーバー」と呼んでいたが、この呼び名は和製英語であり、最近では「トランジション」“transition”と呼び、このような移行医療を“transitional care”と呼んでいる。慢性疾患を有するTransition の患者が取りうる選択は、完全に成人診療科へ移行する、小児科との共診、小児科単独で継続、どこにも定期的に受診しないドロップアウトの4 パターンがある。
 伊藤教授は小児腎疾患を専門にしており、難治性ネフローゼ症候群やSLE ループス腎炎のtransition症例を数多く経験してきた中で、どのように小児科医から内科医へバトンタッチしていくか、症例を通して模索してきた考えをお話しいただいた。

○症例を通しての共通認識

  • 小児慢性腎疾患として代表的な難治性ネフローゼ症候群やループス腎炎では、ファーストチョイスの薬剤はステロイドであり、長期に亘るステロイドの投与による副作用は避けられない。成長障害としての低身長や肥満、骨粗鬆症やムーンフェイス、皮膚線状など、青年期になり年頃の女性であれば自らのbody image に対するコンプレックスや、骨折や精神疾患の合併などハンディーキャップを強いられる生活を余儀なくされる。また保護者の過保護や過干渉も加わり、いつまでも親に依存する状況の中、なかなか経済的、精神的に自立することが困難で人格的にも未成熟であることが多い。医学の進歩により生命予後は改善し、青年期になって職に就けたとしても結婚までは至らないケースが多い。

○小児科医の問題:移行を妨げる最大の抵抗勢力は小児科医である!

  • 小児科医側の問題点として、慢性疾患を持つ患児とは精神的なつながりが強く、心地よい関係からいつまでも現状を維持しようとする傾向にある。また小児科医は成人もケアできるという誤った認識があり、かつ成人医療への不信感、手放すことへの抵抗感を感じやすい。

○患者側と内科医側の問題

  • 患者側の問題としては、疾病や障害が重いこともあり依存的な行動様式を取りやすく、精神的に未熟な面もあり心理的な問題を抱えやすい。成人への移行に伴うサポートシステムがなく、小児科医に執着しやすく、内科医への信頼感が不足しがちである。内科側としては先天性疾患や小児特有の疾患の理解不足や診療報酬の問題、患者の要求が高いことへの危惧、小児疾患の管理上に必要な設備上の問題もある。このように内科への移行を妨げる因子が、小児科医への感情的依存や過剰な防衛、疾病を重く評価しやすいこと、内科への信頼不足、子どもの生存能力を過少評価しやすいことなどが上げられる。

○independent personality

  • 移行医療の目標は、成人に達した時に、仕事をみつけること、親から独立すること、家族以外での人間関係を築き上げること、思春期の時期に思春期らしい経験をすることで、independent な状態を作り上げることである。医療面、社会経済面、心理面など多くの要因が関与することで自立をサポートしていく必要がある。そして何よりも、子どもたちが小児科医に受診する初期の頃より、“transition”の準備をしておく必要があり、長く付き合っていく中で、長期的な方針を説明しておく必要がある。そして適切に移行しやすいシステムや移行コーディネーターを養成するようなプログラムを作っていくことも肝心である。

「尿浸透圧と経口デスモプレシン製剤の効果」久留米大学医療センター小児科助教 田中 征治

第247回 11/20’13「在宅重症児の医療的ケアー呼吸ケアとBotox治療を中心に−」九州厚生年金病院小児科部長 高橋保彦

一般演題:「マイコプラズマ感染症の治療」末安巧人(飯塚病院 初期研修医)

○内視鏡検査

  • 呼吸障害の原因検索として、喉頭ファイバーや気管支鏡などの内視鏡検査が診断には大いに威力を発揮する。緊急気管切開の適応になる急性喉頭蓋炎の診断は、喉頭ファイバーで球状に腫大した喉頭蓋を確認することで可能である。一般的な喉頭炎(クループ)と異なるのは、吸気性の呼吸困難があっても咳ができないことである。

○気管切開の適応;メリットとデメリット

  • 成人の場合、気管内挿管して人工呼吸器管理を2週間以上必要とする場合は気管切開(気切)の適応になるが、小児での気切の判断は数か月という月単位で考慮される点が成人と異なる点である。気管切開のメリットとデメリットをしっかり把握した上で、経過を見ていく必要がある。メリットは、先天奇形など上気道の狭窄や喉頭・気管軟化症など確実な気道確保が必要な場合と長期におよぶ人工呼吸管理が気切の適応となる。一方気切のデメリットとしては、喉頭・声帯機能が低下(廃用性萎縮)するために誤嚥が増加し、発声も困難になる。気道抵抗が消失(生理的PEEPの消失)するため気管が虚脱し、人工呼吸器に依存しやすい。息むことができない(腹圧がかかりにくい)ため便秘になりやすい。さらに唾液が軌道内に常に流れ込むため誤嚥性肺炎が増えて、頻回に吸引をせざるを得なくなる。気切をすると気管カニューレの固定が必須となるため首回りが常に締め付けられる。

○気切に伴う合併症

  • 気切や気切カニューレ管理下で起こりうる合併症を十分に理解しておくことが大事。合併症で最も多いのが肉芽である。気切孔周辺やカニューレ先端部分にできやすい。また気切児は乾燥した吸気が直接気道に流入するため粘稠な痰によるカニューレ閉塞を予防するためネブライザーや加温加湿器、または人工鼻を使用する。重症仮死やCPA蘇生後に気切をした児では、唾液分泌が亢進し、喉頭機能不全を伴って絶えず気管内に流れ込むため、唾液に溺れる程度になりやすく、慢性的にゴロゴロ言いやすく、誤嚥性肺炎を繰り返しやすい。カフ付カニューレは唾液の流入防止にはほとんど無力である。この唾液流れ込みを改善する根本的な解決策は喉頭気管分離術であり、術後のQOLは確実に改善する。気管切開よりも最初から喉頭気管分離術を勧める症例が増えてきた。過剰な唾液を減らす方法としては、唾液腺BOTOX療法(ボツリヌス毒素を唾液腺に注入する方法)が有効である。気切の最も怖い合併症は、気管内からの出血である。特に痩せていて胸郭変形がある重心児は気管腕頭動脈瘻による出血に要注意である。カフやカニューレ先端部で気管が圧迫されると、気管粘膜面にびらんや潰瘍を生じ、一気に瘻孔形成へと進展し、腕頭動脈が損傷し、動脈出血を起こす。予防法としては腕頭動脈結紮切離術がある。カニューレによる合併症を防ぐ目的で、自発呼吸がしっかりしている児には、「レティナ」や「T-tube」などの特殊カニューレを使うと首回りのひもも要らず、喉元がすっきりする。

○BOTOX療法

  • 脳性麻痺(CP)で最も多いタイプの痙性麻痺に対し、かつては四肢痙縮予防のためのボイタ法やボバース法などの積極的なリハビリが行われていた時期があったが、自ずとリハビリだけでは限界があることが判ってきた。そこで登場したのがBOTOX療法である。神経筋接合部の神経伝達物質であるアセチルコリンのブロックをするボツリヌス毒素を筋肉内に注射して、麻痺を軽減しようとする方法である。2008年4月、日本で採用となったBOTOX療法を導入してから、CP児の在宅医療におけるQOLが格段に向上した。筋肉に注射するだけでなく、CP児は唾液が過剰に分泌するため、唾液腺である顎下腺にBOTOXの注射を行い、唾液分泌も減らす治療も行っている。但しBOTOX療法は注射をしたからといって永久的に効果があるという訳でもなく、数か月単位で反復して治療する必要がある。BOTOX注射は資格が必要だが、どこの筋肉に打てば治療効果がでるかは、整形外科医やリハビリスタッフとの協力が欠かせない。

○小児の在宅ケアとレスパイト

  • 重症心身障害児(重症児)の医療は、人工呼吸器などの医療機器、喉頭気管分離術などの外科治療、BOTOXなどの薬物治療が大きく進歩している。重症児ケアは、今ある現状をそのままに受け入れることと、医療の進歩に応じて積極的にQOLの向上をはかることのバランスが必要である。
  • また在宅医療を支援していく中で、レスパイト入院は必須である。在宅で四六時中ケアをしている家族、特に母親が燃え尽きないように、また同じきょうだいの満足度も高めてあげるために、家族の束の間の休息がどうしても必要になってくる。

第246回 11/19’13(第32回 筑豊周産期懇話会)

【演題1】『 産褥早期における禁煙アプローチの効果 』 ~喫煙の知識と行動変化からの検証~ 
田川市立病院産婦人科 安藤由加利 安部真弓 木谷未来代 金丸 恵 井上梨紗 藤本清美(看)
【演題2】『 当センターの新生児予後と今後の展望 』     
 飯塚病院新生児センター 原田英明
【レクチャー】『糖尿病内科医から見た妊娠糖尿病』
   田川市立病院内科医長 横溝 久

第245回 11/7’13(第32回 筑豊感染症懇話会)
「眼感染症の臨床と治療」産業医科大学眼科助教 藤 紀彦

一般講演:「当科で経験した眼窩蜂窩織炎の症例」 松岡 咲子(飯塚病院 初期研修医)

眼の解剖として、視覚としての情報は、角膜→前房→水晶体→硝子体→網膜につながっているが、これらの組織はすべて透明な組織で、眼感染症の予防として最も大事なのが、炎症による瘢痕化を起こさないことである。
○眼瞼の感染症

  • 1.麦粒腫(いわゆる“ものもらい”)
    • 主に黄色ブドウ球菌や表皮ブドウ球菌による細菌感染で、外麦粒腫(睫毛腺由来)と内麦粒腫(マイボーム腺由来)がある。発赤と痛みが必発で、抗菌薬内服および点眼が治療の主体である。
  • 2.霰粒腫
    • マイボーム腺の梗塞による慢性の肉芽腫性炎症で、痛みはなく、単なるしこり(硬結)である。

○結膜の感染症

  • 1.結膜の充血
    • 結膜は眼瞼の後面を被い、その続きは強膜の前方部に移って角膜縁に達する。眼瞼結膜と眼球結膜の移行部が円蓋部結膜である。充血には眼瞼および円蓋部充血と角膜周囲の充血がある。眼瞼・円蓋部の充血は表在性の結膜充血であり、結膜炎による外眼部の炎症で軽症である。角膜周囲の充血は深在性の充血で毛様充血を指し、急性緑内障発作や虹彩炎などの眼内炎症で重症を意味する。結膜下出血は経過観察でよいが。角膜を通して見える眼房出血は緊急性がある。
    • 下眼瞼結膜の充血を伴った濾胞性の所見があれば、リンパ球優位の免疫反応でウイルス性結膜炎を意味する。クラミジア結膜炎では巨大濾胞が特徴。下眼瞼結膜が乳頭性に腫大した所見があればアレルギー性の結膜炎で、石垣状にボコボコした所見があれば慢性重症型で春季カタルとみてよい。
  • 2.結膜炎
    • 結膜炎には感染性のものと非感染性(アレルギー性)のものがある。頻度としてはアレルギー性結膜炎が圧倒的に多く、順に細菌性結膜炎、ウイルス性結膜炎、クラミジア結膜炎と続く。結膜炎は年齢特異的なものが多く、クラミジア結膜炎は新生児期の産道感染(性感染症)によるものが有名。
    • 幼児期から学童期に多いウイルス性結膜炎は、ウイルスの型別に特異的な結膜炎として、流行性角結膜炎(アデノ8型、34型、19型)、咽頭結膜熱(アデノ3型)、急性出血性結膜炎(エンテロ70、コクサッキーA24)がある。ウイルス性結膜炎の特徴として、結膜炎症状と瞼結膜の濾胞形成、耳前リンパ節腫大・圧痛があればウイルス性とみてよく、1~2週間前後で自然治癒する。アデノ結膜炎は偽膜を形成しやすい。治療は細菌性結膜炎の合併を防ぐためにも、抗菌薬点眼とステロイド点眼を併用した方がよい。新生児の産道感染(STD)として有名なクラミジア結膜炎の他に、淋菌性結膜炎があるが、膿性のクリーム様の眼脂(膿漏眼)が特徴。

○抗菌点眼薬

  • 抗菌点眼薬はニューキノロン系点眼薬としてオフロキサシンのタリビット点眼液とレボフロキサシンのクラビット点眼液が頻用されているが、小児に多いインフルエンザ菌、肺炎球菌に関してはセフェム系のベストロン点眼液があるとよい。種類の異なる点眼をする場合は最低3分間あければよい。乳幼児で点眼を嫌がる場合は、瞼裂に1滴落としてあげるだけでも十分である。

○穿孔性眼外傷

  • 小さな木片、鉄片などの異物が角膜を穿孔して眼内に異物が侵入した際の穿孔性眼外傷は、感染性眼内炎を合併しやすいので要注意である。受傷して24時間を過ぎると感染性眼内炎の発症率が高まり、発症したら極めて予後不良である。突然目が痛くなったと訴えた場合、病歴から眼内異物を疑い、レントゲンやCTを撮影し、積極的な眼科医へのコンサルトが必要である。

第244回 9/18’13「小児虐待対応における医療機関の役割〜いかに見出し、いかに向き合い、いかにつなぐか〜」北九州市立八幡病院院長 市川光太郎

○はじめに

  • 小児虐待は、重篤な小児救急疾患と同様、看過ごせば死亡、もしくは重篤な後遺症を残す、最もシリアスなコモンディジーズと捉えるべきである。そしてグレーゾーンから死亡症例まで幅広い児童虐待を疾患概念として捉えるために、「マルトリートメント症候群」という呼称が一般化しつつある。医療機関が関わる虐待症例は全体の5%前後と多くはないものの重症度は高い。医療機関の最大の役割は、児童虐待を医学的見地から早期発見し重症度の評価を行うことであり、医療機関のボトムアップが必要である。

○虐待診断のポイント

  • 1.外傷痕
    • 虐待による外傷痕の特徴は、①外部から見えにくい部位にあること(大腿内側部、腋下部、背部、臀部、頭皮内など)、②新旧混在した外傷がある、③外傷痕から加害凶器(タバコ、ベルト、紐など)が容易に推定できるという3点がある。虐待を疑った場合は、全身くまなく外傷痕を探す必要がある。
    • 特殊な皮膚所見として二重条痕があり、棒状の鈍的物体が皮膚に直接作用すると、皮下の皮膚は白状に変化(血管収縮)するが、作用した皮膚の両側の組織のズレが生じて出血して、打撲部に2重の線状の条痕が付く。これは棒状のもので直接裸や露出部を強力に打撲することで生じるもので、この二重条痕が数か所あれば虐待を強く疑う。
  • 2.骨折
    • 自然外力ではなく、人為的な外力による骨折では特異性がある。特異度の高い部位の骨折として、骨幹端骨折、肋骨骨折(背部の肋骨脊椎接合部)、棘突起骨折、胸骨骨折、肩甲骨骨折がある。受傷機転に基づく骨折の形態にも虐待の骨折には特異性がある。バケツの柄骨折(bucket handle fracture)といわれる骨幹端骨折や長管骨のらせん状骨折などは虐待の骨折であるといってよい。
  • 3.頭部外傷
    • 虐待による人為的頭部外傷で頻度が高く致死的となるのが急性硬膜下血腫であり、その代表的なものがSBS(Shaken baby syndrome)である。SBSはびまん性脳浮腫、硬膜下血腫、網膜出血(眼底出血)の3徴があるもので、特に大脳鎌に沿った半球間裂の硬膜下血腫の存在はSBSに特異度が高い。両側性の硬膜下血腫や二相性の硬膜下血腫の存在も虐待を疑う根拠となる。
    • 最近は、揺さぶりだけでなく、衝撃を初めとしてあらゆる外傷エネルギーが加わることからAHT(Abusive Head Trauma:虐待による頭部外傷)と表現されることが多くなってきている。頭部外傷の際は、必ず眼底検査も行う必要がある。
  • 4.非器質性発育不全(NOFTT: Non-organic failure to thrive)
    • 発育不良(体重増加不良)の原因として、原因疾患が認められず、心理社会的要因によるものをNOFTTという。臨床的には栄養低下による皮下脂肪と筋肉量の減少がみられ、特にうつ伏せで臀部にたるんだ皮膚の皺や臀部筋肉の減少があれば虐待(ネグレクト)によるNOFTTを疑う。

○児童虐待に対する組織的対応

  • 医療機関内での虐待対応の迅速化、均一化、正確さは当然であり、支援、保護に関しても医療機関全体としての組織的対応が諮られる必要がある。医療人の個人的対応は厳に慎まねばならず、必ず院内虐待防止委員会、あるいは施設全体としての対応が不可欠である。個人的に負荷がかからないようにすることも委員会として重要な役割である。虐待拠点病院としての組織的対応方針を関係機関、特に児童相談所に広く、周知し意見を仰ぎ、児童相談所の指導の下、地域社会全体としての組織的対応が行われることが求められている。
  • 虐待防止委員会があっても機能しない状態であれば何ら意味がなく、また地域の医療機関がバラバラの対応では混乱するだけである。保育園等の教育機関、医療機関との連携、そして園医・校医の役割も重要になってくる。拠点病院事業が始まり、拠点病院と各医療機関、福祉、行政、教育機関とのネットワーク作りによる組織的対応は今後必須の課題となる。

○終わりに

  • 医療現場における医学的診断の重要性は、児童虐待による子ども達への心身両面の永続的な負の影響を考慮すれば、いかに早期発見に結びつけるかという点に他ならない。過剰診断を行っても小児虐待を看過ごさないことが必要であり、地域の関係機関との連携強化を行い、地域全体で児童虐待の診断と治療、保護そして支援に結びつけていく必要がある。関係機関としては、児童虐待の子ども達の診断・保護・治療・支援という「児童虐待救援の連鎖」の核として、その科学的な事実証明の部分を担って、地域での総合的診断の牽引車となるべきである

第243回 6/19'13(第31回 筑豊周産期懇話会)
「ビタミンT の贈りもの~愛着形成としてのタッチケア~」吉永小児科医院 吉永陽一郎

 吉永陽一郎先生は、昭和61年に福岡大学医学部をご卒業された後、久留米大学小児科に入局。平成6年に聖マリア病院に勤務され、新生児医療に従事するかたわら、日本で始めて新設された「育児療養科」において、母親の育児支援に本格的に取り組みはじめました。その中で、タッチケアにめぐり合い、新生児医療に導入されました。子どもとの愛着形成において、一つのヒントを与えてくれたそうです。ビタミンT の“T”は、Touch Care のT です。吉永先生が取り組まれているタッチケアについて、講演内容をご紹介いたします。

○タッチケアの歴史

  • タッチケアの歴史として、1990 年にフランスのリヨン大学の産婦人科で始まった「めざめのマッサージ」が始まりと言われている。1997年に米国マイアミのティファニー・フィールドが、“Touch Therapy”として紹介。翌年の1997年に、前川喜平氏らを中心に日本にも導入され、1999 年に「日本タッチケア研究会」(初代会長 前川喜平氏)が発足した。

○愛着の形成とは?

  • 赤ちゃんは、おなかがすいた、眠いなどの欲求や痛みを泣くことで伝える。ママや特定の人は泣き声を聞き分けて、お乳を飲ませたり、抱いてあやして、寝かしつける。そして赤ちゃんは快感や満足感を体験し、その人を信頼するようになる。この快適な体験を通して子どもは人を信頼していく。愛着を通して、子ども達は良心や倫理観、正義感、共感や同情といった情緒を育んでいく。愛されてきた記憶がより子どもの育ちを育んでいく。そして、愛していると伝える行為を支えることが育児支援につながっていく。

○育児支援とは?

  • 育児支援という言葉には、育児の負担を軽くすること(代役の育児、経済的な施策)や安心して育児ができるようにすること(相談相手、育児情報の入手)、リフレッシュなどいろいろな意味合いがあるが、わが子と結ばれる育児の喜びを体験してもらうという愛着形成支援というものも大事な育児支援の一つである。この愛着形成支援の一つのヒントを与えてくれるものがタッチケアである。

○タッチケアとは?

  • 赤ちゃんと親とのスキンシップの代表的なケアとして有名なものにカンガルーケアがある。カンガルーケアは、赤ちゃんを全身で抱擁することによって静睡眠が増加し、親への親近感が増し、赤ちゃんにとって擬似子宮内環境に回帰することで愛着形成を深めるという重要なケアの一つである。一方、タッチケアは、覚醒している赤ちゃんの皮膚への圧迫行為(マッサージ)により、迷走神経の緊張が亢進し、親への反応性が向上し、赤ちゃんにとって子宮外環境への適応が促進されることになる。

○タッチケアの実際

  • タッチケアを行う際の注意点として、ケアする人は、爪を短くし、指輪などははずし、手を洗い、手を温める。眠っている時、泣いている時、授乳直後は避ける。15分から20分が程よい時間。深呼吸して気持ちを落ち着け、赤ちゃんに集中する。触れ合う時間を楽しむという感じで、視線を合わせる。手のひらを十分に使い、赤ちゃんの体との接触面を多くする。タッチケアのゆっくりした手の動きに合わせて、赤ちゃんに優しく、ゆっくりと語りかける。語りかけはmotherese(マザリーズ)といい、語尾を尻上がりに甲高い口調で話すと効果があるという。タッチケアのポイントは、ソフトタッチではなく、ベタッと触れて、一定の圧力をかけて、児の全身をゆっくりとマッサージをしながら触れ合いを楽しんでいくことにある。

○タッチケアの実施上の注意点

  • 皮膚に触れること、触れられることがお互いに心地よいことが大切であり、不快刺激は逆効果になることに注意すべきである。触れられることになれていない赤ちゃんには、目を合わせて優しく語りかけながら、優しく手を置き(ホールディング)、赤ちゃんがその手を受け入れてからゆっくりと動かしていくことが肝要。タッチケアが十分に行われない場合に、それが母親にとってネガティブな体験にならないように配慮すること。タッチケアを日常の行為として、慣習的に義務として無理やりやるのではなく、親子の関わりの中で臨機応変に、自然な形で取り込まれることが大事である。

○タッチケアの展開

  • 新生児領域から始まったタッチケアは、いまや乳幼児期の保育園でも保育士を中心に、盛んに取り入れられるようになってきた。タッチケアをされる子どもも情緒面が安定してくるのと同時に、タッチケアをする側の保育士の感動体験により、保育という意識も変容してきているという。スキンシップとしてのタッチケアは、触れる人と触れられる人との愛着関係の構築、心身の癒しにもつながるケアである。情緒不安定な子どもたち、親の愛情を受けずに育ってきた子どもたち、施設に入所している被虐待児や心身の障害をもつ子どもたちにも、このタッチケアが浸透していくことが期待される。

○おわりに

  • タッチケアによる愛着形成支援としての効果はめざましいものがあり、今や新生児領域から一般小児科外来、保育園、乳児院、そして重症心身障害児施設にも「タッチケア」の対象が拡大している。タッチケアを通して「君の事を思っている人がいるよ」、「君のことが大好きだよ」というメッセージを発信していくことで、タッチケアをする側とされる側、そしてタッチケアが好きになった人たちの絆が広がってきている。

第242回 5/23'13(第31回 筑豊感染症懇話会)
「肺炎ガイドラインに沿った抗菌薬の使い分け」産業医科大学呼吸器内科教授 迎 寛


一般演題:「細菌性胸膜炎を合併した水痘肺炎の一例」國村和史(飯塚病院研修医)
     「先天性嚢胞性肺疾患(CCAM)に合併した乳児肺炎の一例」山岡 希(飯塚病院研修医)


 日本人の死因別死亡率において、肺炎での死亡率は、悪性新生物、心疾患に次いで第3位になっており、脳血管障害による死亡率をわずかに上回る状況である。成人の肺炎は、小児と異なり若年青年から高齢者までの幅広い年齢層があることより、青壮年層に多い市中肺炎(CAP; Community Acquired Pneumonia)と高齢者に多い医療介護関連肺炎(HCAP; Healthcare Associated Pneumonia)、それに院内肺炎(HAP; Hospital Acquired Pneumonia)の3種類に分類されている。院内肺炎とは、入院後48時間以降に発症するもので、人工呼吸器関連肺炎(VAP; Ventilator Associated Pneumonia、気管内挿管後48 時間以降に発症するもの)も含まれる。

○高齢者の肺炎を疑う指標

  • 特に高齢者(男性70歳以上、女性75歳以上)の肺炎の場合は、発熱や咳嗽といった肺炎の症状乏しく、非特異的であるためA-DROP システムを有効活用することを推奨。A はAge で年齢、D はDehydrationで脱水、BUN が21 以上、R はRespiration で呼吸状態、SpO2 が90%以下、O はOrientation で意識障害の有無、そしてP はPressure で、収縮期血圧(SBP)が90以下の場合は肺炎を疑うというシステム。

○市中肺炎(CAP)の診断と治療

  • 成人の市中肺炎の起炎菌は、肺炎球菌(約4割)>マイコプラズマ>肺炎クラミジア>インフルエンザ菌の順である。一般外来では、肺炎を疑う場合は肺炎球菌が多いため、喀痰検査(抗原検査、培養)の他に、尿中肺炎球菌抗原の検索も有用である。ただし尿中肺炎球菌抗原は特異度は高いが、感度では持続陽性になることがあり、必ずしも現在の感染を反映するものではない。肺炎の診断としては、喀痰培養が必ずしも起炎菌とは言いがたいこともあり、最近では、細菌叢を解析する遺伝子診断法「16srRNA遺伝子」を解析する方法が行われており、嫌気性菌が発見されるケースも増えてきた。肺炎クラミジアも血清診断が有用視されているが、ピットフォールがあるので注意すべし。最重症型の膿胸肺炎の場合は、喀痰培養の評価は困難にて、「16srRNA 遺伝子」を用いて網羅的細菌叢解析が行われている。成人の市中肺炎の治療に関しては、静注製剤としては(小児と同様に)SBT/ABPC がファーストチョイスとなっている。耐性化のこともあり、キノロン系やカルバペネムを簡単には使わないことが肝要である。ただし基礎疾患にCOPD がある場合は、キノロン系を積極的に早期に使った方が有効性は高い。重症肺炎例には、ベータラクタム剤とマクロライド系の併用が生存率を高めるというエビデンスがある。

○医療介護関連肺炎(HCAP)

  • 医療介護関連性肺炎で最も多いのが誤嚥性肺炎で、他にインフルエンザ後の2 次性肺炎、透析によるもの、日和見感染などがある。起炎菌としては嫌気性菌よりも口腔内連鎖球菌が重要で、他に黄色ブドウ球菌や緑膿菌が原因菌となりうる。特にこのHCAP の場合は、抗菌薬以外の治療戦略が大事で、口腔ケアや睡眠薬をあまり使わないことや栄養状態をよくすることが感染予防につながる。特に口腔ケアは死亡率の改善に有効であることが証明されている。また高齢者の肺炎予防にはワクチンが非常に有用であり、特にインフルエンザワクチンと23価の肺炎球菌ワクチンを打つことが推奨されているが、米国では6割程度ワクチンの実績があるものの、日本では2割弱程度である。

○肺炎治療のピットフォール

  • 講演の最後に、23歳女性の肺炎症例を提示された。発熱、咳嗽で近医受診。抗菌薬マクロライド系の内服薬を処方されたが解熱せず。呼吸困難も強くなり、紹介入院。WBC7200,CRP20 まで上昇、キノロン系、カルバペネム系でも解熱せず。マイコプラズマ(PA)で512倍に上昇、マイコプラズマ感染とみてミノマイシンを使っても解熱せず。マイコプラズマに対する宿主の免疫反応を考慮し、ステロイドを使ったところ、速やかに解熱した。マイコプラズマ感染症の意外な落とし穴を経験した症例であった。

第241回 4/24 '13「タンデムマスを用いた新生児マススクリーニング」福岡大学小児科教授 廣瀬伸一

一般講演:「平成24 年 飯塚病院小児科診療報告」岩元二郎(飯塚児),「肺炎球菌性髄膜脳炎の一例」酒井さやか(飯塚 研修医)

 わが国では、昭和52(1977)年に新生児に対するフェニルケトン尿症等5つの先天性代謝疾患のマススクリーニング事業(ガスリー法)がスタートした。1979年にはクレチン症が、1988年から先天性副腎過形成症が追加された。当初のヒスチジン血症が対象疾患から除外され、以後6疾患が対象となっていた。そして平成25(2013)年4月1日から、タンデンマスという検査法による新しいマススクリーニングが福岡県では公費でできるようになり、対象疾患が16疾患まで拡大された。検査はこれまでと同様、生まれて5~7日目に出生医療機関で血液をろ紙に採り、専門の検査機関でスクリーニング検査を行うものである。

○タンデンマス法とは?

  • 「タンデンマス」とは、「2台つながった質量分析器」という意味で、MS/MSと略記される。ろ紙血中のアシルカルニチンとアミノ酸を短時間に一斉分析し、有機酸代謝異常症や脂肪酸代謝異常、アミノ酸代謝異常症を発見できる。米国では2006(平成18)年に有料で全土に浸透し、東アジアの韓国や台湾でも日本よりも早くからタンデンマス法は浸透していた。予防接種と同様、日本は世界に遅れていたが、やっと本年4月から公費で検査が可能となった。発見頻度は概ね9000 人に1 人の頻度で、従来のガスリー検査と比較したらはるかに多く発見できることがわかってきた。有機酸代謝異常症が最も発見頻度が高く、そのうちプロピオン酸血症が2 万人に1 人、メチルマロン酸血症が4 万人に1 人、次に多いのがアミノ酸代謝異常症で3万人に1人、脂肪酸代謝異常症が3 万2 千人に1人の順となっている。マススクリーニング後の確定診断としては、血清アミノ酸分析や血清を用いたタンデンマス、尿中有機酸分析、酵素活性、遺伝子診断などがある。

○パイロットスタディー

  • 九州で行ったパイロットスタディー(2005 年~2010 年の5 年間)では、ろ紙血でタンデムスクリーニングを行った165,436検体のうち、再採血を行ったケースが1394件、そのうち陽性(2回ともタンデム陽性)であったのが73件(0.044%)、確定診断を下せたケースは73件中14件、うち最も多く見つかった疾患がプロピオン酸血症の4例であった。結局11,817件中に1件が見つかったことになる。福岡市でも2007年4月から2010年3月まで3年間に独自にタンデンマスによるスクリーニング検査を行ったところ、全検体20,954検体中に、1次スクリーニングにひっかかり、再採血になったケースは134件、そのうち陽性者は9件で確定診断が付いたのは1件(MCAD 欠損症)のみであった。本ケースの出生体重は3026g、マススクリーニングで複合型のヘテロ変異をもつMCAD欠損症であることが判明していたため、本症の予防として空腹を避けること、嘔吐下痢症には注意するようにと両親に説明。1歳5ヶ月時に実際に嘔吐下痢症に伴う意識障害を来たし福大病院に入院。この時低血糖(血糖値21mg/dl)、と高アンモニア血症(NH3 266)、尿ケトンは1+、アシドーシスはなかったが、本疾患であることが判明していたので、カルニチンの補充で症状は軽快した。このケースのように、症状のないときに早く見つけてあげれば治療、予防ができるのがこの先天性代謝疾患の特徴である。

○小児救急と乳幼児突然死

  • 小児救急の現場で、心肺停止(CPA)や重篤な脳症に至ったケースの中には、このような先天性代謝異常症が隠されているケースが少なからず存在する。特に脂肪酸代謝異常症であるMCAD(中鎖アシルCoA脱水素酵素)欠損症,VLCAD(極長鎖アシルCoA 脱水素酵素)欠損症,CPT-Ⅰ(カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ-Ⅰ)欠損症は乳幼児の突然死を来たしやすい疾患である。食べた脂肪を分解できず、また発熱時や飢餓状態の時には体内の脂肪が分解(β酸化)できないため、低(非)ケトン性低血糖を容易に来たしやすくなり、生命の危急事態となる。このような患者が運ばれてきた際、低血糖を確認したならば、必ずろ紙血か血清の採血をし、タンデンマスを実施すること。また出生時の産院でのスクリーニング時のろ紙血があればタンデンマスで引っ掛けることも可能である。

○タンデンマスの特殊性と問題点

  • 1.結果は複数の疾患を示唆する(一つの疾患を示すものではない)
    • C3,C3/C2上昇ならメチルマロンかプロピオン酸血症、C5-OH上昇の場合はMCC欠損症、HMG血症、複合型カルボキシラーゼ欠損症
  • 2.対象でない疾患も見つかってしまう
    • 対象16 疾患以外の疾患が見つかることもある。ライソゾーム病のひとつであるファブリ病は、かつては4万から10万人に1 人といわれていたが、タンデンマスの普及により7千人に1 人という頻度でみつかるようになった。これまで診断が付いていなかっただけで意外と多いことがわかった。臨床的には手足が焼けるように痛い、汗をかきにくく、夏に弱いのが特徴。また糖原病2型のポンペ病も見つかることがある。floppy babyで心肥大、筋力低下があれば本症を疑う。しかしながらポンペ病は、幼少期よりも成人期の筋力低下で発症するケースの方がはるかに多い。ファブリ病とポンペ病は、現在酵素補充療法が保険適応となっており、タンデムマスによるスクリーニングは副次効果としての有用性が高い。
  • 3. 100%ではない、見落としもある。
    • メチルマロン酸やグルタル酸尿症2型、VLCADも見逃すこともある
  • 4.母親の疾患がみつかることもある。
    • 有機酸(イソ吉草酸血症)、脂肪酸代謝異常症(VLCAD,MCAD)など。

およそ9000人に1人とはいえ、タンデンマスによるマススクリーニングの費用対効果はワクチンにもひけをとらない。発症前にみつけることが大事で、発症してからは後遺症、死亡率が高い。特に脂肪酸代謝異常症を見逃すと突然死の確率が高くなる。早期発見により発症を防ぐための特殊ミルクや薬剤、生活指導等といった予防が可能となり、患者家族にとってのメリットは計り知れない。

第240回 3/27'13
「障害がある子を地域で支える-発達障害・重症心身障害児支援への取り組みー」かねはら小児科 金原洋治

一般演題「筑豊地域の重症心身障害児の現状-レスパイト入院のあらたな取り組み-」岩元二郎(飯塚児)

 本年1 月、飯塚病院では新棟(正式名称「北棟」)がオープンし、小児病棟が新棟に移転しました。入院患者が年々減少し、感染症・アレルギー疾患に依存した従来型の入院医療が行き詰まる中、新しい入院形態を模索した結果、新棟オープンに合わせて重症心身障害児(重心児)とその家族のための「レスパイト入院」を新たに導入しました。レスパイトとは「休息」の意味で、在宅で重心児をケアしている家族の休息のために、障害のある児を病院で安全にお預かりしようとするものです。ショートステイと同義ですが、レスパイトは家族の視点に立った支援のありかたを指します。このレスパイト入院に当たり、重心児とその家族に対してどのように支援していくか、この分野に非常に造詣の深い金原洋治先生(山口県下関市で開業、山口県小児科医会長)をお招きしご講演いただきました。障害のある子どもと親への望ましい支援とはどのようなものか、金原先生のこれまでの歩みと熱い思いを紹介させていただきます。

金原洋治先生の足跡

○新生児医療から療育の場づくりの勤務医時代

  • 金原先生は、四国は愛媛南予地方のご出身で、昭和50年山口大学医学部をご卒業の後、昭和53年に地域の中核病院である済生会下関総合病院小児科に一人医長として赴任。昭和55年に「周産期母子センター」を開設。多くの未熟児や障害児を診てきた中で、療育の必要性を感じ、昭和59年に院内にリハビリ部門(OT,PT,ST)を中心とした療育室を開設。同年、医療・福祉・教育関係者と多くの市民と手を携え「下関市に療育センターをつくる会」を立ち上げ、活動を広げてきた結果、ついには行政を動かし、平成7年に念願の療育センターである「下関市こども発達センター」を開設した。この療育センターが出来上がる以前より、先生は療育の視点だけでは子どもの発達保障の実現は困難だということに気づき、家族の支援を含めた地域生活支援という視点に転換し、学童期の生活支援の充実や養護学校卒業後の生活の場つくりを目標に掲げ活動。40代後半になり体力的な問題と自らの理想的な医療を目指して開業を決意された。

○子育て支援と障害児・者の地域生活支援をコンセプトにした開業医としての活動

  • 21年間の済生会病院での勤務医生活を終え、平成10年、先生は48歳で下関の地に「かねはら小児科」を開業された。開業時のコンセプトとして「子育て支援と障害児の地域生活支援」を掲げ、一般クリニックの他に主に重症心身障害児を対象として、PT と看護師・保育士を要したデイケア施設「障害児デイケアハウスきのみ」を併設された。この施設は障害児のレスパイト以外にも、親の会の活動拠点としての役割や医療的ケアの研修、体制作りに大きな役割を果たした。平成12 年からは臨床心理士による「親と子のこころの相談室」も立ち上げた。
  • かねはら小児科はさらに拡大し、平成16年には医療と福祉が一体となり、一般診療のみならず、こころのケアや発達障害、重心児のケアができる4階建ての施設を建設した。1階は一般の小児科クリニック、2階はOT と臨床心理士を配した発達支援室とボランティアが運営するおもちゃと遊びの部屋(プレイルーム)、3階と4階が福祉部門として社会福祉法人が運営する重症心身障害児者地域生活支援センター「じねんしょ」を併設した。同じ建物の中で、クリニックの院長であり同時に福祉施設の理事長でもあり、医療と福祉がうまくかみ合った施設で、幼児期から成人までの障害がある人たちの地域生活支援を行っている。
  • 現在、かねはら小児科の敷地内には、不登校の子どもたちを支援している「フリースクール下関」もあり、さらに病児保育室も開設され、医療・福祉・教育が一体となった誰もがうらやむほどのユートピア的な施設が出来上がっている。

開業医ができる発達支援・地域生活支援

  • 重症心身障害児の在宅支援の4本柱として、通園の問題、訪問看護・リハビリ、短期入所(ショートステイ、レスパイト)と相談支援事業がある。乳幼児期の支援の課題として、在宅医療と救急医療の確保(総合病院や専門病院、かかりつけ医との連携)の問題。医療的ケアが必要な重症児の通園の場を確保すること。障害の受容に向けた支援、医療・福祉・教育など社会資源の情報提供などが課題としてあがる。学齢期の課題としては、学校生活での支援の問題(医療的ケア支援)と学校以外での支援(学童保育やショートステイ、訪問看護や訪問リハなど)などがあげられる。成人期、キャリーオーバーの問題としては、長年の介護で保護者特有のオーダーメードの治療、介護内容があり繊細、複雑な印象である。成人医療とは異なる家族と小児医療者との濃厚な関係があり、バトンタッチした内科医とうまくいかず、小児科と離れられない場合も多い。どこまで小児科医が担うのか、担った方がいいのか、今後は小児も診れる家庭医の活躍が期待される。

ネットワーク活動

  • 障害のある子どもの地域での支援には、公的なネットワークだけでは不十分であり、私的なネットワークの形成が不可欠である。一つ一つの事例を大切にし、目の前の子どもや家族の支援のためには何が必要かということを考え、支援の場や医療・福祉サービスに丁寧に繋いでいくことが大切である。障害が重ければ重いほど、支援が困難な事例ほどネットワークが重要な役割を果たす。多職種が参加する事例検討会や勉強会に参加し、社会資源(サービス・人・場)を知り、ネットワークを広げていくことで、多様な視点や支援のあり方を学ぶことができる。地域になければ作ればよい。このような私的なネットワーク活動に参加しみんなで学ぶことにより、点の支援から線の支援へ、さらには面の支援へと繋がっていく。個人(セルフエンパワメント)から仲間(ピアエンパワメント)へ、そして社会(コミュニティーエンパワメント)につながる有機的なネットワークを作っていく必要がある。まずは自らが立ち上がることで、多くの仲間が集まり、仲間の元気は伝染し、社会を変えていく。障害のある子とその家族を支えるキーセンテンス

○「ソーシャルワークするという視点」

  • どんな場で働くにしてもソーシャルワークするという視点がものすごく大事です。目の前の患者や子どもが、どうしたら幸せになるかを考えること、それが一番大事なことだと思う。医者であれ誰であれ、専門家は自分の持てる力を最大限発揮できるように磨いていく。しかしそれには必ず限界がある。限界を感じた時には、自分のできない部分を誰かに託していかねばならないのだが、託していける人がたくさんいればいるほど、託せる人を沢山知っていればいるほど、その医者の実力になるのではないかと思う。

○「小児科医は子どもの最高のソーシャルワーカー」

  • 日常の診療や園医・学校医活動などで保健や保育、教育機関と繋がっており、小児科医は非常に恵まれた立場に居る。目の前の子どもや家族の幸せを願い、自分の力量を高め、限界を知り、自分ではできないことは信頼できる誰かに託していくことが求められている。信頼できる誰かを沢山知っている程、小児科医の臨床力は豊かになる。小児科医は子どもの最高のソーシャルワーカーだという意識を持つことが大切だ。

○「コミュニティー感覚」

  • ネットワーク活動に必要な大切な要素のひとつにコミュニティー感覚がある。コミュニティー感覚の持ち主とは、個人や組織をエンパワメントしていくひと。危機介入的な関わりができ、相手の土俵で援助できるひと。ボランティアとの連携をうまくやれる能力のあるひと。軽快なフットワークと綿密なネットワーク、そして少々のヘッドワークを発揮し、共に生きていくという精神を持つことができるひと。

○「重い障害や難病への取り組みが社会を変える」

  • 圧倒的多数の人の幸せのために、という視点の活動も大切だが、最も障害が重い支援が困難な、たった一人の人の幸せを考え、新たな支援をつくりあげていく取り組みが、結果的に世の中を変えていく。医療も教育も福祉も同じだ。制度にニーズをあてはめるものではない。常に新たなニーズがある、新たな制度を作るという視点が社会を変える。

○「弱さという価値」

  • 弱さとは、いわば希少金属や触媒のように周囲を活性化する要素をもっているのではないか。人の持つ弱さは、決して劣った状態として、人の目をはばかったり、隠されるべきものではない。弱さが、限界こそが雇用を生み、関係を膨らませ、マンパワー拡大に繋がる。弱さ、無能の発見によって、はじめて強さも能力も活かす場所を見出す。(べてるの家の「非援助論」)

○「弱さは強さの欠如ではない」

  • 弱さは強さの欠如ではない。弱さというそれ自体の特徴を持った劇的でピアニッシモな現象なのである。それは繊細で壊れやすく、はかなくて脆弱で、あとずさりをするような異質を秘め、大半の論理から逸脱するような未知の振動体でしかないようなのに、ときに深すぎるほど大胆で、とびきり過敏な超越をあらわすものなのだ。(松岡正剛)


 講演の最後に、次の言葉で締めくくられました。
「一人では何もできぬ、しかしまず、一人から始めねばならぬ」
 山口市のNPO 法人夢の湖舎理事長である作業療法士の藤原茂氏が好きな岸田國士の言葉だそうです。一人で始めた新生児医療、何もなかった時代に周産期センターを作り、療育室、療育センターから生活支援センターまで、多くの患者や仲間との絆も深まり、築き上げられた功績と地域への貢献は計り知れない程かと思います。何事かを為そうと思えば、まずは第一歩を踏み出すこと、そして煌煌の志は必ずや誰かと繋がっていくものであることを教えられたすばらしい講演でした。

第239回 2/27'13(第33回筑豊周産期懇話会)
「周産期中枢神経疾患の診断と治療」飯塚病院脳神経外科 橋口公章

一般講演:

  • 「予防接種副反応調査-単独接種と同時接種の比較-」森田 潤(こどもクリニックもりた)
  • 「産後DICと子癇発作を経験して」川口祥世(飯塚産婦 助産師)

特別講演:
橋口公章医師は平成9年九州大学卒で脳神経外科医ですが、脳神経外科医の中でも専門家が少ないとされる「てんかん外科」と「小児脳神経外科」をライフワークにされている新進気鋭の若手脳神経外科医です。今回は特に周産期における脳神経外科疾患の診断と治療について講演されましたので、概要を報告します。

○周産期脳神経外科疾患の診断

  • 周産期に脳神経外科疾患を見つけるスクリーニングに最も有用なものが胎児エコーである。そして脳神経外科的に最も注目すべきエコー所見が脳室拡大である。病的な脳室拡大すなわち水頭症の所見なのか、あるいは胎児期にみられる一過性の脳室拡大なのかどうかについては、さらに胎児MRI(fetal MRI)による出生前診断が有用である。病的脳室拡大である水頭症の代表疾患が二分脊椎であり、開放性と閉鎖性がある。胎児期に脳室拡大があっても、胎児期だけの一過性の場合もあり、鑑別としては、胎児期と新生児期のMRI を比較して、新生児MRI(neonatal MRI)で脳室拡大が消失している場合もあるので、胎児エコーでの脳室拡大がすべて病的所見とは言えない。

○開放性二分脊椎症(spina bifida manifesta)

  • 開放性二分脊椎症はすなわちキアリ2型奇形と同義である。脳室拡大(水頭症)と顕在性二分脊椎(腰仙部の脊髄髄膜瘤)、小脳扁桃ヘルニア(小脳の扁桃が脊椎管内に落ち込む所見)が3主徴である。治療としては、感染予防のための脊髄髄膜瘤の早期閉鎖術を出生後48~72時間以内に行う必要がある。水頭症に関しては、オンマイヤーリザーバー(脳室内貯留槽)の脳室内留置か、水頭症が持続する場合は、脳室腹腔内シャント(VP シャント)術を行う。

○閉鎖性二分脊椎(spina bifida occulta)

  • 閉鎖性の二分脊椎は腰仙部病変が皮膚に覆われているもので、腫瘤性のものから尻尾のような策状物(Human tail)、陥凹したもの(dimple)などさまざまな形態があるが、基本病態は、脊椎管内から皮下まで連続する腰仙部脂肪腫により脊椎が二分されている病態である。臨床的にこの潜在性二分脊椎で最も問題になるのが、脂肪腫が神経を圧迫することによる脊髄係留症候群(Tethered cord syn.)であり、神経学的に膀胱直腸障害や下肢運動感覚障害を来たすことがある。乳幼児期に、係留を解除するための手術が必要である。とくに腰仙部の病変に関しては、お尻の割れ目に近い部分よりも、すこし高い位置にある場合は疑わしいためMRIが有用である。

○胎児期に診断可能な中枢神経疾患

  • 胎児MRI で診断可能な疾患としては、後頭部に出来やすい脳瘤や中脳水道狭窄などの先天性水頭症、脳溝が消失している滑脳症、脳梁が欠損している全前脳胞症、クモ膜下腔が拡大しているクモ膜嚢疱などがある。脳実質内に皮質下、上衣下結節がある場合は結節性硬化症も胎児MRI で診断が可能な疾患である。小脳の低形成がある場合はPrader-Willi syn.(PWS)も鑑別にあがる。また脳室拡大で脳腫瘍が発見される場合もある。

○新生児頭蓋内出血

  • 低出生体重児で問題になるのが、頭蓋内出血とくに脳室上衣下出血( SEIVH:subependymal intraventricular hemorrhage)で、出血による水頭症が発見できしだい、可及的速やかに脳室内リザーバー留置(オンマイヤリザーバー)か、腰椎穿刺による圧解除が必要であり、これらの処置は神経学的予後の改善につながる。脳室内出血の早期発見のポイントは、大泉門の硬さと頭位曲線をこまめにチェックしながら、疑わしいときは、エコーやMRI が有用である。

第238回 1/23'13
「小児の上気道(溶連菌)、下気道(肺炎球菌、インフルエンザ菌、マイコプラズマ感染症に関するシンポジウム」久留米大学小児科講師 津村直幹,佐々木宏和,牟田広実

一般講演:「肺炎に対する経口カルバペネム系抗菌薬(TBPM-PI)の有用性」赤嶺貴紀(飯塚病院 初期研修医)

○上気道感染:溶連菌感染(GAS:Group A Streptococcus, S.pyogenes )

  • 溶連菌は、細菌性上気道炎(咽頭・扁桃炎)の代表的な起炎菌であるが、重症例として扁桃周囲膿瘍、咽後膿瘍、乳様突起炎がある。上気道炎以外での化膿性感染症として、膿痂疹、蜂窩織炎、丹毒という皮膚疾患、最重症例に劇症A 群溶連菌感染症(壊死性筋膜炎)も知られている。
  • 溶連菌の診断には迅速検査があるものの、感度・特異度からすると咽頭培養による菌の証明がゴールデンスタンダードである。薬剤耐性に関しては、ベータラクタム系薬(ペニシリン系、セフェム系)には未だ耐性化はない。マクロライド系に対しては耐性化(Mef、Erm 遺伝子が関与)が進行してきている。治療として、従来はペニシリン系10 日間が標準的な治療法であったが、ペニシリン系の除菌失敗の報告が3 割程度にのぼっている。原因としては、1.ベータラクタマーゼ産生菌(特にモラキセラカタラーリス)が口腔内に共存しているため、2.口腔内常在菌がペニシリン系によって殺菌されるため(口腔内常在菌は宿主の防御機構として重要な役割をはたしている)、3.10 日間投与という長期間の服薬コンプライアンスの問題、の3 点がペニシリン除菌の失敗の原因といわれている。この観点からして、ペニシリン系10 日間とセフェム系5 日間投与の比較試験を行ったところ、セフェム5 日間投与の方が臨床的および細菌学的にも有効性があるというエビデンスが報告されている。同じセフェム系でもCFDN(商品名セフゾン)はCDTR(メイアクト)やCFPN(フロモックス)よりも除菌失敗、再感染例が多いという印象がある。
  • 溶連菌の反復感染に関しては、再燃(relapse)と再感染(re-infection)とは区別して考える必要がある。再燃は同一菌株で除菌できていないことを意味し抗菌剤を変える必要があるが、再感染は新たに獲得した菌株が感染を起こし、除菌はできているので抗菌剤を変える必要はない。臨床的にはこの再燃と再感染は区別できないので、細菌学的な溶連菌の血清型(T 型別)を調べる必要がある。溶連菌感染の同胞への予防投薬に関しては、してもしなくても発症には変わらないというデータがあり、予防投薬は必要ないと判断している。PSAGN の合併症確認のための内服後の検尿チェックに関しては、PSAGN を来たしやすいGAS の血清型があり、通常は検尿の必要性(エビデンス)はないが、実際の臨床の現場では、経過観察目的で来院時に検尿のチェックをすることがあるが、保険診療上問題はない。


○下気道感染(肺炎球菌、インフルエンザ菌)(難治性細菌感染症に対する経口カルバペネム系抗菌薬の可能性)

  • 小児の呼吸器感染症の代表的起炎菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌に関して薬剤耐性化は、肺炎球菌(PRSP)、インフルエンザ菌(BLNAR)共に50%前後にのぼっている。小児感染症診療ガイドライン2011 では、「小児肺炎初期抗菌薬療法において、軽症の耐性菌感染が疑われるグループでは、ペニシリン系あるいはセフェム系経口抗菌薬の増量を投与するか、他の抗菌薬の治療効果が期待できない場合には新規経口抗菌薬(TBPM-PI かTFLX)の使用を推奨する」となっている。これまでの外来での肺炎治療は、経口抗菌薬やOPAT(外来抗菌薬静注療法:outpatient parenteral antimicrobial therapy)で対応されていた治療法に、CDTR の高用量投与やTBPM-PI(オラペネム)、TFLX(オゼックス)の登場は、外来診療の幅、選択肢が拡大してきた。特に新しいタイプの経口カルバペネム系抗菌薬TBPM-PI(商品名オラペネム)をどのように使うかについては、多施設の共同臨床研究の結果、基礎疾患を有する症例や耐性菌のリスクの高い症例には経口でのTBPM-PI は効果が期待できる。全身状態が保たれ経口摂取可能であればOPAT ではなく、TBPM-PI でも治療は可能である。本来は入院治療が考慮されるが、外来治療をせざるを得ないケースでもTBPM-PIで治療できる可能性がある。

○マイコプラズマ肺炎(小児初の経口キノロン系抗菌薬の可能性)

  • マイコプラズマにおいてもマクロライド系抗菌薬(CAM,AZM)への耐性化が進んできている状況である。臨床的にはマクロライドを2 日間内服しても解熱しない場合、耐性と判断し他剤に切り替える手段がある。MINO(ミノマイシン)は非常にキレがいいものの歯牙の着色の副作用の懸念があり、8 歳未満には使いづらいことが問題点であったが、小児初の経口キノロン系抗菌薬であるTFLX(商品名オゼックス)はマイコプラズマに有効性が高く、低年齢の児に対してはMINO より使いやすい薬剤が登場した。キノロン系に特有の副作用である関節障害も懸念されるものの小児用キノロン系のTFLX ではほとんど問題なく使える。マイコプラズマの診断に関してはLAMP 法(核酸増幅法)が保険収載され、従来のPA 法よりも感度特異度が優れた方法で今後の普及してくるものと思われる。