勉強会一覧 原則として1月と8月はお休みです。

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2015年の勉強会一覧(敬称略)

第271回 11/12 '15(第41回 筑豊周産期懇話会)

一般演題
1 「子宮内胎児死亡を経験した母親の心理的変化を振り返って」中垣沙弥香(飯塚病院 産 助産師)
2 「帝王切開分娩による出産体験の満足度と産褥早期のうつ傾向の関連」箱崎友美(有松病院 助産師)
3 「当院における特定妊婦の状況とその児の転記」酒井さやか(飯塚病院 児)
4 「母体搬送となった切迫早産例に関する検討」松田千穂美,田中宏明,河野雅洋(田中クリニック)
5 「混合病棟で母乳育児支援に携わる助産師の思い」川敷美穂(社保田川 産 助産師)

レクチャー:「分娩後大量出血に対してのバクリバルーンについて」遠山篤史 先生(飯塚病院 総合周産期センター産婦人科)

第270回 10/28 '15「泌尿器科領域におけるキノロン薬ー最近の考え方ー」産業医科大学泌尿器科学 濵砂良一准教授(第36回 筑豊感染症懇話会)

一般演題
「髄膜炎が先行したムンプス感染症の1例」石原大輔(飯塚病院 研修医)
「当院で経験した急性巣状細菌性腎炎の15例の検討」飯塚病院 研修医


 1985年に OFLX(オルフロキサシン:商品名タリビット)、1993年にはLVFX(レボフロキサシン:商品名クラビット)、2008 年には STFX(シタフロキサシン:商品名グレースビット)が登場し、抗菌作用が強く、1 日 1 回投与、短期間投与が利点となり、多くの感染症の分野で使用されるようになってきました。泌尿器科領域においては抗菌薬としてキノロン系を使いすぎる傾向があり、耐性化が問題になってきています。泌尿器科関連の感染症でどのように抗菌剤を適正使用するか、産業医科大学 濵砂先生の講演の要点を整理しました。
膀胱炎

  • 単純性の起炎菌は大腸菌(E.coli)が約 6 割で、腸球菌(E.faecalis)が 1 割程度である。急性単純性膀胱炎の場合の firstはキノロン系、secondがセフェム系。若い女性の膀胱炎にはキノロン(クラビット、シプロキサン等)内服を 3日間、反復性膀胱炎にはキノロン内服 3日間かセフェム内服 7日間(セフゾン、フロモックス、バナンなど)

腎盂腎炎

  • 起炎菌は膀胱炎と同じく大腸菌が多い。単純型ではセフェム系静注製剤がファーストで使いやすい(CTM、CTX、CTRXなど)。複雑型はゾシンか LVFX注射薬が有効である。カルバペネム系も有効であるものの耐性化に注意すべきである。複雑型の定義は、腎尿路系の基礎疾患(膀胱尿管逆流症や閉塞性尿路疾患等)がある場合の尿路感染の事を指す。

性感染症

  • 淋菌性尿道炎に対しては、セフェム系の CTRXがファーストチョイス。キノロン系は 7割が耐性にて使用しない。クラミジアに関しては、どの薬剤でも耐性化はみられず、マクロライド、テトラサイクリン、キノロン系はいずれも有効。最近トピックスの非クラミジア性非淋菌性尿道炎は、Mycoplasma genitoliumが起炎菌として知られ、キノロン系であるシタフロキサシンのみが有効である。

急性前立腺炎/精巣上体炎

  • 腎盂腎炎に類似していて発熱と会陰部痛が特徴である。前立腺炎は直腸診で前立腺を触知しやすい。原因菌の 6 割は大腸菌。クラミジアの治療にβラクタムは無効。精巣上体炎は発熱と陰嚢腫大を認め、精管に沿った感染で、緑膿菌(P.aeruginosa)が起炎菌として多い。軽症例ではキノロン系がファーストで使うが、重症例は CTMなどのセフェム系が有効。

前立腺生検後の感染症

  • 前立腺生検は経会陰式アプローチと経直腸式アプローチがあるが、特に経直腸式の場合、最も易感染性の手技であり、直腸粘膜の細菌が無菌状態の前立腺に進入しやすい。生検後に発熱を認めた場合は、尿培と血培、採血を行い、Sepsis work upと DICの有無を確認する必要がある。抗菌薬としてはゾシンかメロペンを投与する。

尿路感染症(UTI)にキノロン系は有用だが、耐性化を考慮しながら使うべし。性行為感染症(STI)でもキノロンオンリーという治療をしないこと。男性性器感染症に注射用キノロンは新しい武器である。

第269回 10/14 '15「当院における発達症診療の現状」福岡水巻病院周産期 白川嘉嗣センター長

一般演題「シアトル”カイゼン”セミナー研修報告」岩元二郎(飯塚病院児)

○発達障害児の現状 「6.5%ショック」

  • 知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合を2012年に文科省で調査をしたところ、学習面での困難性(広義の学習障害:LD)が4.5%、不注意や多動衝動性といった行動面(注意欠陥多動性障害:AD/HD)で困難性を示す生徒が3.1%、対人関係やこだわりなどの行動面(高機能広汎性発達:HFPDD)が1.1%で、学習面か行動面のいずれかの困難性を示す生徒が6.5%いて、生徒の15 人に1 人は発達障害であるというショッキングな数値が公表された。
  • 自閉症はかつて広汎性発達障害と呼ばれていた時もあったが、現在DSM5 の基準では、ASD (AutisticSpectrum Disorder)、日本語では自閉スペクトラム症という名称で統一されている。全世界でASD の有病率の最も高い国が韓国で、2 番目が日本であると言われている。DSM5 の新しい基準では、従来の発達障害系の疾患は「神経発達症群」という大きなくくりで分類されるようになり、その中に知能発達症(知的発達障害)、コミュニケーション症、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、限局性学習症、運動症(発達性協調運動症、常同運動症、チック症)の6 つの小分類がある。DSM5 ではそれぞれの精神疾患をコード分類し、小児に関係する主な精神疾患は、1.神経発達症群、5.不安症群(分離不安症、選択的緘黙、社交不安症、パニック症など)、6.強迫症(強迫症、抜毛症など)、7.心的外傷およびストレス因関連障害群(反応性アタッチメント症、脱抑制型対人交流障害、心的外傷後ストレス障害、適応障害など)、8.解離症群(解離性同一症、解離性健忘、離人症・現実感消失症など)、10.食行動障害および摂食障害群、11.排泄症群、12.睡眠-覚醒障害群、15.秩序破壊的・衝動制御・素行症群(反抗挑発症、間欠爆発症、素行症、反社会性パーソナリティー障害など)などがある。

○周産期と発達障害の関連性

  • 昭和22 年から24 年、わが国のいわゆる“団塊の世代”の年間出生数は270 万人であったが、現在の出生数は少子化が進み100万人程度である。うち約10万人(10分の1)は2,500g未満の低出生体重児であり、出生数の減少に反して低出生体重児は増加している。さらに全出生の10%が生殖補助医療で出産し、全出生の2%が双胎出生である。母体年齢40 歳以上の出生数が2 万人、母体年齢20 歳未満の出生数は1.5 万人。父親年齢の上昇も近年の特徴である。
  • ASD と診断された児を後方視的に解析した結果、低出生体重児のASD 発症率は2倍、不妊治療による出生児のASD 発症率は7倍であった。自閉症状については、攻撃的行動は妊娠中の異常と、また限定した興味、多動・衝動性、特異な目つき、自傷、睡眠障害は新生児期の異常と有意に関連することが示唆された。低出生体重児、不妊治療を含めた周産期異常がASD 危険因子と確認され、異常発現時期により自閉症状に違いが出る可能性が示唆された。ASD の発症要因としては、エピジェネティックな要因が多分にあるとされ、環境要因として、父親の高年齢、母体睡眠障害、体外受精、出生時障害、低体重、多産、大気汚染(PM2.5、タバコなど)、農薬使用など多因子が考えられている。幼児期から学童期にかけては多動であったのが、前青年期には反抗挑発症、青年期は素行症、成人期になって反社会性パーソナリティー障害といったように、未治療の多動児のうち、約半数が素行症に行き着くことがある。このようにAD/HD から非行へと横滑りする危険性があり、多動と行為障害を持った児童の約2 分の1 が青年期に、約3 分の1 が成人期に触法行為に至ったとの報告がある。

○解離を知る

  • 日常臨床の中で解離を知ることが大事である。何とかならなければ、生きていくために、心を守るために解離するしかない。何とかなれば解離はしない。解離症状としては記憶障害がある。ある時は高い知識能力を示すが、ある時は全くできないなど日によって能力がころころ変わる(技能知識水準レベルの動揺)。ある年齢の記憶が全くなかったり(自分史記憶の空白)、突然トラウマ記録に襲われたりする(フラッシュバック)。空想を楽しんだり、物語を作ったりと豊かな想像力があったりする反面、頭の中に映像が見えたり、人形やぬいぐるみを擬人化したり、霊を見たことがあったりと、日常生活に支障をきたすようになると解離性障害になる。外から自分を客観的に見ている自分がいたり、何人もの自分がいて、互いに会話をしていたり、想像上の友達がいていつも会話をしているなど、自分のこころとからだをコントロールできないのが解離である。この解離を起こす最たるものが「虐待」で、特に性的虐待や暴言虐待を受けると起こしやすい。解離性障害をはじめとする多くの精神疾患は、児童虐待に起因することが判明されており、児童虐待をなくすと物質乱用、うつ病、アルコール依存、自殺企図、薬物乱用など半数以上はなくせることも疫学調査で示されている。

○体内物質:メラトニンとオキシトニン

  • 1.メラトニン
    • メラトニンは動物、植物、微生物でみられる天然の化合物で、動物ではホルモンの一種で脳の松果体から分泌される。メラトニンの濃度は1 日のサイクルで変化しており、いくつかの生物学的機能にサーカディアンリズムを持たせている。ヒトでは昼に低く夜に高く、睡眠と関連している。またメラトニンは強力な抗酸化物質として、核DNA およびミトコンドリアDNA を保護する。催眠作用、生体リズムの調節作用、深部体温低下作用も有する。さらに性的成熟の抑制作用も有するので、欠乏すると性早熟になる。メラトニン分泌は光で抑制されるため、睡眠の質の問題にも大きく影響する。睡眠が小児期の学力や発達の問題に大きく影響を与える。
    • 睡眠の役割は、疲れた脳を休ませる、傷ついた脳を修復させる、脳を作り育てる作用がある。発達障害を有する児の特徴のひとつにも睡眠の問題がある。睡眠障害があると、感情のコントロールができない、肥満になりやすい、免疫力が低下しやすい、アレルギー疾患が増悪しやすい、老化の促進、性早熟傾向、学力の低下、記憶力の低下を来たしやすい。このため命がけで眠る必要がある。
  • 2.オキシトニン
    • 妊娠出産前後で母親としての女性の脳には、「女性脳」と「母性脳」の働きに違いが出てくる。妊娠出産前の「女性脳」には、関心の優先順位は自分自身や自己実現にあるが、妊娠出産後の「母性脳」では関心の優先順位が子どもに変わってくる。この「母性脳」の形成に大きく関わるのが、オキシトシンというホルモンである。オキシトシンは強い子宮収縮作用があり、出産を前にオキシトシンの周期的な産生が高まると子宮は収縮し、陣痛が発来する。同時にオキシトシンにより脳の母性化が始まる。陣痛が始まると、「女性脳」から「母性脳」へと変化する。出産後は、子どもとの早期接触と子どもを見つめて行う母乳授乳により、オキシトニンの分泌は続き、脳の母性化はさらに進む。脳が母性化すると興味の対象が自分自身より子どもに向く。出産前に自己実現に向かっていた行動様式が子どもを守り育てるように変容する。
    • オキシトシンは、心身共に安定した状態で授乳する時に、母体血中に分泌され、子どもに対して愛着の形成を促進する。このオキシトシンの分泌と効果は、環境の影響を受け強化される。出産後の早期接触や母乳育児、抱擁や見つめ合い、微笑など心地よい環境下でオキシトシンの分泌は促進される。オキシトシンは基本的信頼関係を築くのに重要な役割を果たす。「女性脳」では、性衝動をもたらすような、子孫を残すために働く視床下部とよばれる動物的本能に関わる脳が働き、気分が大きく変調する。「母性脳」に変化すると視床下部の働きは影を潜め、視覚にかかわる後頭葉などの活性が高まり、気分の変調は減り、子どもを見つめることができるようになる。またオキシトニンは恐怖に関わる原始的な脳にも作用し、恐怖を払いのけてしまうようにも働く。恐怖や不安をものともせず、子どもを守ろうとするので、「母は強し」と言われる所以となる。子どもの頃に母親養育を受けた霊長類の子どもは自身の脳内のオキシトニン濃度が高まり、後に粗暴な行動が減る。

第268回 9/16 '15「マイコプラズマ感染症-診断、耐性菌、発症機構に関する最近の話題-」札幌徳洲会病院小児科 小児感染症 成田光生部長

一般演題
1. 「乳児期の乳腺炎の一例」
2. 「マイコプラズマ肺炎を合併した川崎病の一例」


○マイコプラズマとは?

  •  マイコプラズマは一般の細菌とは異なり細胞壁は持たないものの立派な細菌である。ウイルスと細菌の中間の病原体という定義はあてはまらない。マイコプラズマは喉頭蓋より下の下気道の線毛上皮に飛まつ感染し、滑走して接着し増殖するが、組織を破壊侵襲することはない。乾燥に弱く、飛沫に乗らなければ感染はできない。感染が成立する(マイコプラズマが直接絨毛に到達する)ためには、至近距離(<1m)で激しい咳をしていることが条件。激しい咳をしていなければ感染することはないので、登園・登校は可能である。増殖は遅いため、潜伏期は2~3 週間と長い。咳は痰の少ない乾いた咳が特徴で、大量の細胞を破壊せず、粘液などの分泌を亢進させないため鼻水が出ないのが他の細菌性肺炎との大きな違いである。一般外来患者でマイコプラズマとウイルスとの混合感染は20%と言われている。

○マイコプラズマの病原性

  • マイコプラズマは直接的な細胞障害はなく、細胞膜に存在するリポ蛋白からサイトカインを誘導する免疫発症が特徴的である。マクロファージ(司令官)がマイコプラズマの侵入を認識し免疫系を発動する。マイコプラズマ感染に特有のサイトカインとしてIL-18 がさまざまな免疫担当細胞を活性化し、種々のサイトカインを出し炎症を惹起する。またIL-8 は好中球を活性化し、酵素や活性化酸素を出し炎症を惹起する。これが免疫応答から免疫発症(自然免疫)の機序である。特に胸水貯留をきたしやすいのは免疫発症による。

○マイコプラズマの肺外発症

  • マイコプラズマのターゲットとしては下気道の肺だけでなく、肺外発症も時として存在する。肺外発症は直接型、間接型、血管閉塞型の3 型がある。直接型は、症状の責任部位に菌体が存在し、細胞膜のリポ蛋白が局所においてサイトカインを誘導して発症する。中耳炎や脳炎、髄膜炎、心外膜炎、間接炎などが直接型発症である。間接型は、症状の責任部位には菌体は存在せず、免疫複合体形成や免疫学的交差など免疫応答の修飾による。蕁麻疹や多形滲出性紅斑、急性糸球体腎炎、血球貪食症候群などが該当する。血管閉塞型は直接型あるいは間接型の機序による血管炎や血栓・塞栓などによる血流の遮断が病態の基本であり、脳梗塞や肺塞栓症、突発性難聴などがある。マイコプラズマを合併した川崎病も日本には多いとされている。肺炎と肺外発症の疾患は独立したものと捉えてよい。

○マイコプラズマの診断

  • ウイルス感染症の場合、血中に特異的IgM 抗体が存在する期間が感染後の数カ月間に限られているため、特異的IgM 抗体を検出することが血清診断としては診断的意義が高い。細菌感染としてのマイコプラズマの場合は、ヒトに繰り返し感染するため、健常人の中にもIgM 抗体保有者が存在する。このためペア血清にて抗体価の変動を観察する必要がある。
  •  PA 法(微粒子凝集法)は、主にIgM 抗体を検出するため、感染早期や再感染などではIgM 抗体応答が弱いため検出されにくい。よって特異性は十分だが、感度は90%に届かない。またPA 法は目視判定のため、微妙な条件で値が多少ぶれることがあるので判定には注意が必要。遺伝子診断法としてPCR 法とLAMP 法があるが、どちらも咽頭スワブで検体採取を行うが、増殖には線毛上皮が必要で、上気道では下気道の約100~1,000 分の1 程度のマイコプラズマの菌濃度であり、咳が弱い場合は下気道から上気道まで菌が運ばれないことが多く、上気道由来検体では中々安定して検査感度が得られないこともあるので評価には注意を要する。実際に検体採取する場合は、扁桃腺の裏側部分あるいは咽頭の後壁などを強く擦過する必要がある。
  • LAMP 法は検出感度、特異度ともにPCR と同等の高性能で、院内検査室で採取当日に熟練した検査者により結果が判明可能。LAMP 法も咽頭スワブなど上気道由来の検体ゆえ、咳が弱い状況では下気道から上気道に菌が運ばれず陽性が出難いので判定には注意が必要。抗原検出法(リボテストマイコプラズマ)は病原特異的抗体2 種類を用いて抗原を捕捉する方法で、検体採取は咽頭スワブが推奨される。PCR 法と同様、陽性と出たらほぼ間違いなく感染急性期を示唆するが、検査感度は70%程度で必ずしも高くはない。
  • マイコプラズマの診断技術が近年格段に向上しているが、LAMP 法や抗原検出法での単独診断だけでなく、やはり従来型の血清診断法(PA 法によるペア血清)がGold standard と言える。


○マイコプラズマの薬剤耐性機構

  • マイコプラズマの薬剤耐性機構は23S リボソームRNA ドメインV の点突然変異のみで、95%以上がA2063G である。ただしマイコプラズマの場合、感受性菌と比べ薬剤耐性菌の増殖力は劣っており、菌自体の耐性化が臨床的重症化には直結しない。マイコプラズマの直接的な細胞障害性は弱く、肺炎、肺外発症はいずれも免疫発症である。

○マイコプラズマの治療

  • 2012 年の全国的な流行で、耐性菌の流行が話題になったが、マクロライド系抗菌剤を第1 選択とする治療方針を変更すべき積極的理由はない。重要なことは菌を殺すことよりもキノロン耐性といった新たな脅威を生まないことが薬物療法でのポイントである。トスフロキサシンを含むキノロン系薬剤の肺炎マイコプラズマ肺炎に対するルーチンの使用は控えるべきである。キノロン系薬剤の投与は「使用する必要があると判断される場合」に限るべきである。マクロライド系薬の効果は、投与後48~72 時間の解熱で評価する。マクロライドが無効の場合には、成人ではテトラサイクリン系またはキノロン系の7~10 日間投与を推奨する。優先的にはミノサイクリンを使用する。マクロライド系としては、アジスロマイシンは耐性誘導をしやすいので注意が必要。(中国はマイコプラズマに関してはアジスロマイシンの使用が圧倒的に多い)。クラリスロマイシン(CAM)が妥当であるが、10mg/kg/日では用量不足で、感受性菌を確実に治療しようとすれば最低15mg/kg/日は必要である。CAM の後発品ドライシロップは製剤上の問題点があり、必ずしも先発品と同レベルではないので使用には注意する。

○マイコプラズマ感染の重症度の指標とステロイド投与

  • マイコプラズマ感染のサイトカインの指標としては血清IL-18 がよい指標となるが、必ずしも病初期から高いとは限らない。IL-18 系の活性化はマイコプラズマ肺炎の重症化を意味し、最もよく反映しているのが血清LDH である。460U/L 以上はIL-18 系の活性化、免疫過剰の目安となり、ステロイド投与の基準となる。しかしながら発症から7 日以内のステロイド投与は薦められず。ステロイドの使用量は用量。(プレドニソロンとして1mg/kg/日経口、メチルプレドニソロンとして1mg/kg/回☓2~3 回/日静注(小児)、あるいは500~1,000mg/日静注(成人)、解熱次第減量開始し、7 日間程度で中止が目安。)


○Take home message
マイコプラズマ肺炎治療指針SUMMARY(15 歳以下小児版)

  • 1.マイコプラズマ肺炎の急性期の診断はLAMP 法を用いた遺伝子診断およびイムノクロマトグラフィー法による抗原診断が有用であるが、確定診断は血清診断(PA 法)。
  • 2.マイコプラズマ肺炎治療の第1 選択薬にマクロライド系薬が推奨される。
  • 3.マクロライド系薬の効果は投与後48~72 時間の解熱で概ね評価できる。
  • 4.マクロライド系薬が無効の肺炎には、使用する必要があると判断される場合は、トスフロキサシンあるいはテトラサイクリン系薬の投与を考慮する。ただし8 歳未満にはテトラサイクリン薬は原則禁忌である。
  • 5.これらの抗菌薬の投与期間は、それぞれの薬剤で推奨されている期間を遵守する。
  • 6.重篤な肺炎症例には、ステロイドの全身投与が考慮される。ただし、安易なステロイド投与は控えるべきである。


マイコプラズマ肺炎治療指針SUMMARY(成人版)

  • 1.マイコプラズマ肺炎の急性期の診断はLAMP 法を用いた遺伝子診断およびイムノクロマトグラフィー法による抗原診断が有用であるが、確定診断は血清診断(PA 法)。
  • 2.マイコプラズマ肺炎治療の第1 選択薬にマクロライド系薬の7~10 日間投与(アジスロマイシンを除く)が推奨される。
  • 3.マクロライド系薬の効果は投与後48~72 時間の解熱で概ね評価できる。
  • 4.マクロロイド系薬が無効の肺炎には、テトラサイクリン系薬またはキノロン系薬の7~10 日間投与を考慮する。
  • 5.呼吸不全を伴うマイコプラズマ肺炎ではステロイドと全身投与の併用を考慮する。


○まとめ
マイコプラズマ感染は免疫発症で、薬剤耐性は大きな臨床的脅威には直結しない。治療としてはまず感受性菌を考えクラリスロマイシンを優先的に使い、耐性菌の指標であるA2063G を作らないことが大事。アジスロマイシン、キノロン使用時は耐性菌誘導に注意。抗菌薬は使い方次第、破壊(殺菌性)ではなくコントロール(静菌性)を!

第267回 7/9 ’15「予防接種・発達障害児支援・アレルギー対策が元気なこどもを育む地域を構築する」大分大学地域医療・小児担当 是松聖悟教授(第35回筑豊感染症懇話会)

一般演題
1.「飯塚病院における最近5 年間の尿路感染症の検討」飯塚病院 初期研修医 増永智哉
2.「ムンプス罹患後に発症した可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳症(MERS)の1 例」飯塚病院 初期研修医 熊城伶己


 平成20年4月、大分県は「おおいた地域医療支援システム構築事業」を立ち上げ、大分大学医学部が運営を委託されました。医師への教育を介した地域医療の貢献を主目的に、小児科分野では同大学小児科学講座に託され、是松聖悟先生(平成3年大分医科大学卒)が同年、地域医療・小児科分野の教授として就任されました。是松先生は地域の中核病院を定期巡回し、同病院に勤務する医師を指導、後方支援しながら、地域住民のニーズや受療動向、地域中核病院小児科の診療体制、勤務環境整備を調査・分析し、地域中核病院における専門医、学位取得のための卒業研修プログラムなどを開発されています。
 地域医療に従事するメリットは、大学では経験できない感染症やアレルギー、発達障害などのコモンディジーズや予防接種などの予防医学を数多く経験できるだけでなく、地域の小児救急や時間外診療など、その地域を任されているという責任感を培うことができると強調されました。今回の講演では、アレルギー対策、予防接種、発達障害の支援に関して地域でどのように取り組んでいるかを、大分県内の各市町村の豊富なデータ等を含めて紹介して頂きました。その一部概要を紹介します。

○アレルギー対策

  • 現在の日本で、子どもたちの4割弱がアレルギーを持つとされ、鼻アレルギーや喘息などアレルギーマーチの根源は食物アレルギーとされている。食物アレルギーを制すればアレルギーを根治できるといっても過言ではない。食物アレルギーの問題点として、過剰な除去による栄養障害がある。微量元素欠乏、特に亜鉛欠乏はDNA合成に関与し、成長ホルモン欠乏や感染防御能低下に繋がる。鉄は母乳に移行しにくいのに対し、亜鉛は高濃度に母乳に移行するため、母体の栄養状態も児の亜鉛欠乏に関与する。さらに亜鉛は大脳の発育にも関与するため、WISC等の発達検査で言語性IQと運動性IQの解離がみられるケースもある。
  • 小学生以降になると食物アレルギーの頻度は、乳幼児期に比べ低くなり1~2%程度になると言われているが、地域の小学校で実施した調査では、医師の診断書があるのは3割程度しかなく、医師の診断書を参考にする率の低い市町村では、食物除去を有する割合が高いことが判明した。食物の経口負荷試験を実施し、食物毎に重症度を把握して個別的に対応することが肝要である。
  • 誤食時の対応を学校側にアンケート調査したところ、大半の学校はアレルギー症状が出たとき、もしくは誤食した時に、保護者に連絡すると回答した。しかしながら保護者が学校に来るのを待っているようでは、アナフィラキシー時には間に合わない。医師の意見書の徹底、食物負荷試験での現状の把握、学校でのアドレナリン自己注射(エピペン)の対策を今後さらに啓発していく必要がある。

○予防接種対策

  • 小児の夜間救急の重症度は低く、多くは保護者の不安・心配による受診が大部分である。また感染症で抗菌薬が必要な割合も10%程度で、多くはウイルス性疾患である。また集団保育では90%の乳児がヒブ(インフルエンザ菌b型)と肺炎球菌を保菌しており、特に肺炎球菌の耐性化は80%と言われている。ヒブとプレベナーのワクチンの導入で、細菌性髄膜炎をはじめ重症の侵襲性感染症は激減してきている。
  • 救急外来を受診する多くはウイルス性疾患であり、ウイルスに効果がある薬剤は、インフルエンザ、水痘・帯状疱疹と単純ヘルペスの3疾患に限られているが、命にかかわる重篤なウイルス性疾患をワクチンで予防できる疾患は10種類以上あり、ワクチンの有用性は明らかである。また、小児にワクチンを打つことで高齢者を予防できる。(集団免疫効果)
  • 是松先生は、県内の各市町村でワクチンキャンペーンの講演会を行う際、各自治体の市町村長と一緒に講演し、ワクチンの無料化、医療費の無料化の実施を訴えてきた。その結果、子どもたちのために一所懸命に行う市町村は子どもが増え、人口も増えてきたことから、ワクチンや小児医療施策が費用対効果に大きく影響を及ぼしていることを強調された。

○発達障害対策

  • 発達障害の子どもたちは全体で5~6%の頻度で存在すると言われている。できる所とできない所の凸凹が特徴とされているが、果たしてすべての人間にバランスのとれた能力が本当に必要であろうか。できない所だけをみて発達障害としているのでは、子どもたちの伸びる芽をつまんでしまう。できる所にもっと着目してあげて、その子の個性をのばしていく必要がある。
  • 薬物療法もあるが、本当にその子のためになるのか、薬を飲んで少し落ち着いたけど、発想が乏しくなったという訴えもあり、その子の特性に合わせて検討する必要があろう。市町村で5歳児健診を積極的に行い、発達障害児を地域で支援していく必要がある。医師が学校や施設訪問をすると教育委員会から信頼を得られる。5歳児健診で、発達障害が疑われる子どものよい所を見つけてあげることが健診の目的であり、地元で支援していくことで町全体が子育てをしやすい環境になる。

第266回 6/11 ‘15「予防接種Up to date~乳幼児ワクチンの重要性と接種率向上・誤接種防止について」久留米大学小児科 津村直幹 講師(第40回筑豊周産期懇話会)

一般演題:「新生児低体温療法ーその適応と搬送についてー」海野光昭(飯塚病院児)

1.乳幼児ワクチンの重要性
○麻疹・風疹ワクチン(MRワクチン)

  • 1950年代、我が国における麻疹の年間患者届出数は20万人いて、うち麻疹肺炎や脳炎で死亡していた患者が数千から2万人にも達していた非常に恐ろしい感染症であった。ワクチンの普及により近年は患者数も激減し、最近の死亡者は全国でも10人未満となった。2015年3月、日本は麻疹の排除状態にあることがWHO(西太平洋地域事務局)により認定された。麻疹に罹患する年齢も乳児期でなく20歳以上の青年期がメインになり、麻疹は成人の病気になりつつある。
  • 風疹に関しても、2013年に都市部において20~40 代の成人男性を中心に風疹が流行し、先天性風疹症候群(CRS)が32例報告された。流行の中心(8割)は成人男性で、うち20~40代が8割を占めていた。そこで厚労省は、早期に先天性風疹症候群の発生をなくし、東京オリンピック開催年の2020年度までに風疹排除を達成することを目標とする特定感染症予防指針を通達した。具体的には、MRワクチンの第1期(1歳から2歳未満)と2期(小学校入学の前年度で5~6歳時)の接種率95%以上を目標にしている。

○百日咳

  • 2010年アメリカのカリフォルニア州で、百日咳により乳児10人が死亡するとニュースがあったが、死亡した10人全員が生後3か月以下の乳児であった。米国では生後2か月になるまではワクチン接種ができない。死亡した乳児の多くはその月齢に達していなかった。感染経路としては両親など育児に関わる成人からの感染であることが推測された。感染した乳幼児の5人に1人は肺炎を発症し、100人に1人が脳症発症、死亡する割合も100人に1人の割合である。百日咳の治療に関しては、マクロライド系が有効とされているが、新生児および分娩後の母親へのエリスロマイシン(EM)投与と肥厚性幽門狭窄症との関連が報告されている。近年わが国では、百日咳の罹患年齢は1 歳未満の乳児が10%程度であるのに対し、20歳以上の成人の場合は30%を超えており、百日咳もまた成人の病気であると言っても過言ではない。

○インフルエンザ菌・肺炎球菌

  • 新しく定期接種となったヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの究極の目的は、インフルエンザ菌と肺炎球菌による細菌性髄膜炎を中心とした小児侵襲性感染症の予防である。インフルエンザ菌の侵襲性感染症の発症予防に関して、ヒブワクチンは95%以上の高い確率だが、肺炎球菌においては7価(プレベナー7)から13価(プレベナー13)に変更になってもワクチンの血清型に含まれないタイプ(Serotype replacement)による侵襲性感染症の発症があり、その有効率は70%程度と言われている。

○水痘

  • 水痘は毎年100 万人が罹患しているポピュラーな疾患であるものの、まれに肺炎や脳炎など重篤な合併症や皮膚の2次性細菌感染症や小脳失調症、肝機能障害などを合併することもある。特に免疫不全患者や成人のがん患者で免疫力が低下した状態で発症すると重篤化して死亡することもあり、ワクチンとしても重要な疾患である。昨年度から定期接種化されたが、1歳になったらMRワクチンの次にできるだけ早く接種し、1 回目から3 ヶ月経ったら2 回目を受ける。

○ムンプス

  • 毎年約50万人が発症し、10人に1人が無菌性髄膜炎を合併する。特に合併症として問題になるのがムンプス難聴で、いったん罹患すると高度難聴から聾の状態に至り、聴覚予後は極めて不良である。

○B 型肝炎

  • わが国ではセレクティブワクチネーション(母子感染防止事業)により、およそ95%程度はキャリア化を防止できる。一部には胎内感染や家族内の水平感染(特に父子感染)などでキャリア化の問題があり、その感染経路としては、母子感染以外の感染経路が35%を占めている。キャリアの10~15%は慢性肝炎に進行し、さらにその10~15%は肝硬変、肝がんに進行する。HBV キャリアの成立年齢に関しては、免疫系が未熟な周産期から1 歳までの乳児期における感染では95%がキャリア化し、以後年齢が高くなるにつれキャリア化率は減少する。感染源としては、血液だけでなく汗や唾液からも感染しうるという報告もある。以前よりわが国でも早急にユニバーサルワクチネーションの導入が望まれていたが、2016年度より公費助成が決定し、1歳までに生後2、3、7~8 ヶ月の3回接種が定期接種として開始予定である。

○ロタウイルス

  • ロタウイルスは主に糞口感染が主体で、1000億個のウイルスが1g 中の糞便中に存在し、1~10個のウイルスが口に入るだけで感染が成立すると言われており感染力は高い。一度感染すると15人に1人は嘔吐下痢症と脱水で入院し、脳炎・脳症等の重篤な合併症で10万人に1人は死亡する。現在ロタワクチンは1価のロタリックス(4週間隔以上で2 回)と5価のロタテック(4週間隔以上で3回)が販売されているが、WHO はどちらのワクチンも14週6日までに初回接種を終えるように勧奨している。ワクチンによる腸重積の合併症を防ぐため、腸重積の好発年齢より低い時期が勧められている。ロタウイルスワクチンで腸重積の発症は、ワクチン接種10万人当たり0.7~5.4人増加するものの、ワクチンで100人の死亡、1000人の入院そして1万人の救急外来受診を抑制できると推定され、ワクチン接種の有益性は危険率をはるかに上回る。現在では日本では任意接種の対象であるものの、WHOの見解では、ロタウイルスワクチンは、世界中のすべての国の予防接種プログラムに導入されるべきであるとしている。

○同時接種

  • 現在のわが国では生後2 か月からのワクチン接種を推奨しており、来年度にHB ワクチンが定期接種化されると2か月時にヒブとプレべナー、HB ワクチンとロタウイルスワクチンの4種類のワクチンの同時接種が可能となる。生後3か月時には、2か月時に接種した4種類のワクチンに加えDPT-IPVを加えた5種類のワクチンの同時接種が可能となる。日本小児科学会でも同時接種については、単独接種と同時接種では有効性に差がない、両接種を比較しても副反応の起こりやすさに差がなく、接種できるワクチンの本数に原則制限はないという見解をだしている。
  • 実際の同時接種の際は、インフルエンザワクチンとPCVワクチン(プレベナー)を同時接種すると発熱リスクが2.7倍になると言われている。接種部位は両側上腕外側と大腿外側の4カ所あるが、4 種混合ワクチン(DPT-IPV)とPCVワクチン(プレベナー)は硬結ができやすいため、同側に打たず、左右別に接種した方がよい。

2.ワクチン接種のトラブルとその予防
予防接種事故として最も多いのが接種間隔の間違いで約70%と圧倒的に多く、接種するワクチンの種類の間違い、不必要な接種、対象者の誤認接種、接種量のミスなどがそれぞれ10%弱の頻度である。

  • ○接種間隔ミスの誤接種の予防策としては同時接種が効率的である。対象者の誤認接種(被接種者の取り違え)として多いのが、きょうだいが同時に接種した時である。スタッフはきょうだいが来たときは特に注意し、母子手帳と予診票と接種ワクチンを再確認すること。そして泣こうが暴れようが接種の順番を変えないことが、取り違えのミスを防ぐ最大の予防策である。
  • ○接種量のミスで多いのが、2 種混合(DT)ワクチンで、本来は0.1ml のところを誤って0.5ml 接種することが多い。3種混合ワクチン(DPT)の量と同じと思い込みのミスが多い。日本脳炎ワクチンでも3歳以上は0.5ml、3歳未満は0.25ml なので、年齢の確認は大事。またMRワクチン2 期の誤接種も結構多く、MRワクチンの2 期は小学校入学の前年度で、時々4歳時(保育園年中児)に誤って打つことがあり、必ず“来年1 年生だよね”と確認の言葉かけも大事になる。またワクチンの有効期限切れの報告もMR ワクチンに多く、ダブル・トリプルチェックが必要。在庫はできるだけ少なくし、定期的な在庫管理と医師会などを通じて、定期的に期限切れロットの通達が必要。
  • ○誤接種防止について
    • わが国の特徴でもある予防接種の複雑な現状のためか、予防接種のミスの報告は後を絶たない。そのミスの多くは、接種間隔と接種量、対象年齢や被接種者の取り違え、そして有効期限に関するうっかりミスがほとんどである。接種ミスがあったとしても、ほとんどの場合身体的には問題はないが、接種医の立場に立つとその心理的ダメージは小さくないし、また保護者の立場になってみても精神的な負担は計り知れない。予防接種ミスを「ゼロ」に近づけるためには、このようなミスを対岸の火事と考えずに、いつでもわが身に降りかかる可能性があることを認識すべきである。そして個々の病院、診療所での対策を講じること、また勉強会を通じて情報を共有し認識を高めることも重要である。

第265回 5/20 '15「これからの筑豊地域の小児救急医療体制を考える」

一般演題
1. 「平成26年度のRSウイルス感染症の入院状況」飯塚初期研修医 赤星和明
2. 「平成26年度のヒトメタニューモウイルスの入院状況」飯塚初期研修医 古賀直道
3.「 腹腔鏡検査で発見された腸回転異常症の男児例」頴田病院家庭医コース 西園久慧


1. 「飯塚病院の小児救急医療の現状 ~これまでの 10 年の振り返り~」飯塚病院 小児科 岩元 二郎
2. 「飯塚方式」の現状

  • 研修医の立場から 飯塚病院 初期研修医 赤星 和明、古賀 直道
  • 家庭医の立場から 飯塚病院 家庭医療プログラム 後期研修医 西園 久慧

3. シンポジウム「“地域連携ささえあい小児診療”を考える」

【はじめに】
平成18年11月、飯塚病院の救命救急センターに地域小児科医が出務して小児救急診療を行う「地域連携ささえあい小児診療」(通称“ささえあい”)が始まってから、8年以上が経過しました。年々登録医が減っていく中、飯塚市は飯塚医師会に委託して、平成27年9月より、新築となった飯塚市急患センターにて、休日夜間のみならず平日準夜帯(19時から21時までの2時間)の内科および小児科診療を始めることになりました。飯塚病院に出務していた登録医が急患センターに出務するようになると、さらに登録医が減少することが危惧され、“ささえあい”の崩壊が危惧されます。そこで、本年4月に登録医に対して、“ささえあい”診療に対するアンケート調査を実施致しました。アンケート調査の報告を踏まえながら、“ささえあい”が始まる前から現在まで、およそ10年間の飯塚病院での小児救急医療体制の振り返りと今後の対策についてシンポジウムを開催しましたので報告致します。

○“ささえあい”施行前後の小児救急医療体制

  • 平成16年4月、新臨床研修制度がスタートした。大学を卒業後2年間は必須の診療科をローテートしなければいけない新しい研修制度で、卒業と同時に希望する診療科に所属(入局)することができなくなり、2年間は大学での入局者ゼロとなる事態が発生した。これに伴い研修医の大学離れと大都市の研修病院志向が強まり、特に地方大学においては医局の医師確保が困難となる事態に進展した。地方の市中病院は大学からの派遣で成り立つ病院が多いため、大学からの医師派遣ができなくなると、地方の病院の運営が危機的な状況にさらされ、当時は全国的になり手の少ない小児科と産科に医療崩壊の嵐が吹き荒れた。筑豊地域も例外でなく、地域の小児救急医療を24時間365日、一手に引き受けていた飯塚病院小児科にも危機感が漂い始めた。このままでは飯塚病院小児科医局員が疲弊してしまい、救急医療体制が崩壊してしまうという危機感から、筑豊小児科医会に所属する地域の小児科医が手を差し伸べてくれた。飯塚病院小児科医局員の負担軽減を図る目的で飯塚病院救命救急センターに出務し、みんなで地域の夜間の小児救急医療を支えあおうと始まったのが“ささえあい”である。平成18年11月、筑豊の地元3 医師会(飯塚、田川、直方鞍手)と筑豊小児科医会の協賛を得て、「地域連携ささえあい小児診療」がスタートした。この事業主体と運営は飯塚病院で、行政は一切関与していない。登録医は自由参加制、平日準夜帯の3時間(午後7~10時)診療で、開設時は18名の開業医が参加した。なお筑後地域でも同様な取り組みとして、「久留米広域小児救急」(“久留米方式”)として聖マリア病院に開業医が出務する方式の同様な取り組みが、筑豊より早く平成18年4月にスタートしている。この“久留米方式”は、久留米大学と地元医師会、行政の3者協同で立ち上げたもので、当時は官民一体で運営の画期的な小児救急医療体制と評され、現在も盤石な体制で維持されている。

○“飯塚方式”の確立と体制見直し

  • “ささえあい”がスタートし、飯塚病院の常勤小児科医の夜間当直の負担は明らかに軽減した。“ささえあい”開始前は、午後5 時から翌朝の8 時までのフル当直に加え、翌日の一般診療も夕方までせざるを得ない状況が常態化していたが、準夜帯だけでも休息でき、心身的にも余裕がもたらされたのは事実である。さらに追い風となったのが、平成20年4月からの院内の初期研修医と家庭医の小児救急への参加である。それまでの初期研修医は、救命センターでは内科系と外科系のWalk-in外来と救急車対応が義務化されていたが、小児科診療も全員に必修となった。それまでは小児科にローテートした時でしか小児に関われなかったのが、初期研修の丸々2年間は小児診療にも関わることが可能となった。飯塚病院での初期研修の2年間は、内科系も外科系も小児系も救急車対応も含めてすべてを経験できるようになり、飯塚病院での研修病院としての充実度が増した。さらに相乗効果として、総合診療科の中に「家庭医コース」が創設されることになり、家庭医の小児科実習も必須となったことより、家庭医による小児救急外来のサポートが可能になった。家庭医は2年間の研修医を終えての後期研修医という立場でもあり、初期研修医を指導するという意味からも、教育用ツールを作成する必要性が迫られた。そこで家庭医を中心として作成された教育用ツールが「小児T&A」である。研修医が迷わずに小児の初期診療を行い、どのように小児科医にコンサルトしていくか、発熱やけいれん、腹痛、喘鳴などで来院した児への初期対応のポイントを講義とケースシナリオによる実習を交えてトレーニングしていく教育用ツールである。院内では毎年5月に「小児T&A」講習が研修医全員に必修化され、この講習を受けることにより初期研修医も臆することなく小児を診察できるようになってきた。この「小児T&A」は当院のみならず、全国的に普及展開され、いまや家庭医の登録商標となり、中身の充実に関しては、国の科研費を獲得できるまでにレベルアップしてきている。このように“ささえあい”の地域小児科医と研修医・家庭医、そして常勤小児科医の3 者が協働して筑豊地域の夜間の小児救急を支える仕組みは、全国的には飯塚病院でしかできない画期的なものである。これを三位一体で守る小児救急体制を“飯塚方式”と称して、学会等やマスコミで紹介し広報活動してきた。臨床研修指定病院として研修医・家庭医は安定した人材の確保が可能になる一方、“ささえあい”登録医は、徐々にリタイヤする医師が増えてきた。月1回の出務が負担になってきたため、平成24年7月から、“飯塚方式”の体制見直しを行った。月・水・金の準夜帯診療を家庭医が、火・木を“ささえあい”登録医が出務して、初期研修医を指導しながら1次診療を行うという体制に変更した。これにより“ささえあい”登録医の出務も2~3ヶ月に1回とやや負担が軽減した。深夜帯の診療および準夜帯の救急車対応と2~3次救急による入院児の対応は、常勤小児科医が対応するというように役割分担を行っている。

○“ささえあい”の現状と今後の小児救急医療体制

  • 三位一体で守る小児救急“飯塚方式”も体制見直しを経て、順風満帆かと思われたが、月日の経過と共に体制がぐらつき始めた。“ささえあい”登録医は、高齢化や業務の負担増を理由に、最盛期の登録医が21名(勤務医3名)から現在15名(勤務医2名)まで減少した。“ささえあい”開始当初は、登録医のモチベーションも高く、飯塚病院の小児科医の負担軽減のために出務していただいていたが、登録医の年々高齢化が進み、さらにはキャンセル率も例年10%程度と高く、モチベーションの低下も危惧されるようになってきた。登録医にとって、出務の際に負担に感じるのが、研修医に対する教育と電子カルテの入力作業であると思われる。飯塚病院救命救急センターでの小児診療は、トリアージがしっかりできること、検査や点滴治療ができ、そのまま入院も可能なことより、診療が抜け目なく一貫性のある診療ができることがメリットだが、患者側からするとデメリットの問題もある。研修医メインに診療させ、後方で指導をしながらの診療は、診察と電子カルテの記載に時間がかかりすぎ、テキパキと素早く診療をこなすことは教育上困難で、救急外来の待ち時間が長いのが欠点である。ちょっとした時間外診療のつもりで、飯塚病院の救命センターに行くと、受付からトリアージ、診察そして内服処方まで2~3時間もかかるという地域住民の不満の声もあるのも事実である。筑豊地域の2次医療圏としての飯塚、田川、直鞍の3か所に、それぞれ行政が医師会に委託して経営している小規模な休日夜間の急患センターがある。飯塚市には休日夜間の急患センターが飯塚市の西町にあるが、これまで内科系と小児系診療を休日の夜間(午後5時~11時)に運営していたものを、吉原町(旧飯塚バスセンター跡地)への新築移転に伴い、本年9月より休日夜間のみならず、平日の準夜帯(7~9時の2時間)の時間外診療を行うということが決定した。飯塚医師会所属の小児科医は、医師会主導の急患センターでの診療も担うことになり、飯塚病院での“ささえあい”と重複する事態となりうる。今後は“ささえあい”からの離脱が懸念され、飯塚地区の登録医の大幅な減少により、“ささえあい”そのものの存続の危機が予測される。飯塚市急患センターと飯塚病院の棲み分けが課題となる。そこで現状の把握と今後の小児救急外来の展望を模索するため、15名の登録医に対しアンケート調査を実施した。

○アンケート調査

  • 平成27 年5 月現在の“ささえあい”小児診療の登録医は、飯塚地区7 名、田川地区4 名、直方鞍手地区3名、圏外(篠栗地区)1名の計15名で、うち勤務医が2名となっている。この15名の登録医に対しアンケート調査を行った。15名中14名から回答があった。

Q1.今後出務は可能か?

  • 「今後も継続したい」は6名、「どちらとも言えない」が6名、「辞退したい」が2名であった。「どちらとも言えない」、「辞退したい」という理由に関しては、自院や医師会業務で忙しい(4名)、年齢的にきつい(2名)、モチベーションの低下(2名)、診療スタイルが判らない(1名)であった。また診療の際のスタイルとしては、研修医に診察させ後方で指導する(7名)、自らが診察して研修医を後方につかせる(1名)、研修医抜きで単独で診察したい(1名)であった。

Q2.“ささえあい”への自由意見

  • 研修医教育なしでは「飯塚方式」とは言えないと思う。小児を診るコツや注意点を伝えたい。
  • 出務医師への情報提供やフィードバックが少ない。将来はWalk-in タイプの病院併設型ER が主体に。現在の型は残しておくべき。
  • 研修医にとってはあまり勉強にならないと思う。外来は経験を積めば自然とできるようになる。
  • 元来は常勤小児科当直医師の負担軽減を目的に始まったシステムのはず。研修医指導は余計な仕事。
  • 研修医の指導については、飯塚病院の指導方針がわからないのでどこまでやればよいのかわからない。
  • 電子カルテを使いこなせないので診療内容が入力できない。紙カルテを希望。

Q3. 今後の運営は?

  • “ささえあい”は義務ではなく、あくまで自主的な参加になっているため、今後は登録医の高齢化と新規参加の登録医の見込みがないことを考慮すると、あと何年持つかは不明である。現状のシステムのままでは自然消滅の可能性も大である。飯塚市の急患センターとの棲み分けも必要だが、“ささえあい”は可能な限り継続を希望する。そして診療スタイルは、登録医の希望を重視して、研修医教育が主体もしくは常勤医の負担軽減を目的として出務するのもよしとした。出務の際のデメリットの一つに電子カルテが大きな足かせになっているが、手書きのカルテで電子カルテにスキャンする方式も可能となり、検査や処方の入力は研修医に依頼も可能とした。

【おわりに】
 地域医療は地域で守るという理念で、地域小児科と飯塚病院が連携して作り上げた小児救急医療体制(“飯塚方式”)も一時の盛り上がりはあったものの、時間の経過とともに、衰退の危機に瀕していることは間違いありません。この危機をどう克服していくか、地域住民、関係諸氏の知恵をいただきながら、細く長く継続できるシステムを構築していければと考えています。(文責 岩元二郎)

第264回 4/23'15「北九州市におけるペリネイタルビジットと妊娠期からの養育支援事業(ハローベビーサポート北九州)について」吉田ゆかり 先生(よしだ小児科医院)

一般講演
「小児虐待防止システムの必要性」大淵孝一(飯塚病院 小児虐待防止委員会 AICAP)
「不安だらけのNICU退院後の育児を支えあるピアサポート〜産後ウツ・虐待防止の視点から〜」登山万佐子(Nっこクラブカンガルーの親子 代表)

○ペリネイタルビジットとは?

  • 出産前後の小児保健指導としてのペリネイタルビジット(通称「こんにちは赤ちゃん!小児科訪問事業」)とは、出産前後に何でも相談できる小児科医を早く知ってもらい、安心して楽しく子育てをしてもらおうという子育て支援策である。北九州市医師会の応援のもと、北九州産婦人科医会と北九州地区小児科医会が協力して行っている事業である。この事業は、北九州市の産婦人科医と小児科医の育児支援に対する熱意によってはじまったもので、本事業に賛同するものが実施医療機関となっている。新しいシステムは2015年4月1日が実施開始日である。

○ペリネイタルビジットの対象と方法

  • 実際の相談の対象は、妊娠28週から産後2ヶ月までの間で、産婦人科医は本事業について十分にその重要性を説明し、小児科医での保健指導を勧奨する。産婦人科医は、対象者に「出産前後小児保健指導紹介状」を交付するが、紹介先の小児科医については妊産婦やその家族の選択に委ねる。その決定が困難な場合には、対象者の地理的状況や希望などを考慮して家族の了承のもとに小児科医を紹介する。事前に紹介先小児科医へも「出産前後小児保健指導紹介状」をファクシミリで送付する。紹介先小児科への訪問の日時は、対象者が紹介先小児科へ直接電話して予約する。また北九州市医師会にも紹介の報告として、同紹介状をファクシミリで送付する。

○ペリネイタルビジットとしての小児科医による保健指導

  • 小児科医は、感染防止および個人情報保護を配慮して予約時間を設定し、対象者に十分な時間(30分程度)をかけて個別保健指導を行う。その観点から一般の外来診療とは異なる時間帯に行うことが好ましい。保健指導は小児科医だけでなく看護師などコメディカルも加わってもよい。保健指導の際は、妊婦の育児に対する考え方の批判や育児に介入する態度は控えるとともに、紹介元の産科医院の診療方針にコメントはしないことを原則とする。可能な限り夫婦での訪問を希望している。

○実際の指導内容

  • 小児科医が実際に話をする内容は、赤ちゃんが家にやってくるときの心の準備、母乳育児のこと、部屋の温度や皮膚の清潔について、よくみられる赤ちゃんの症状・状態とその対処方法、チャイルドシートの選び方、予防接種や乳幼児健診の受け方、赤ちゃんが休日・夜間に具合が悪くなった時どうするか、タバコと子どもの健康被害、アレルギーの問題など、特に両親が興味がありそうな話題を取り上げる。特に予防接種に対する指導に親としては関心が高い傾向がある。お母さんへのアンケートも実施し、産後うつ病が疑われる母親に対してはエジンバラ産後うつ病チェックシートを利用している。プレネイタルビジットを利用することで周産期からの虐待予防の取り組みにも役立っている。

○保健指導後の対応

  • 保健指導を行った小児科医は、「出産前後小児保健指導票」を紹介元の産婦人科医へファクシミリで連絡する。また同様に北九州市医師会にも同指導票を翌月10日までにファクシミリで送付する。対象者にかかる費用としての「出産前後小児保健指導紹介料」と「出産前後小児保健指導料」は無料である。保健指導後は、北九州産婦人科医会と北九州地区小児科医会および北九州市医師会で構成する連絡協議会を設置し、定期的に本事業の実施状況や運営上の問題点を協議する。

第263回 3/12'15「小児の成人移行医療-小児がんをモデルにして-」愛媛県立中央病院 石田也寸志 小児医療センター長

一般講演
1.「小児重症感染症事例報告」 飯塚病院 家庭医コース 後期研修医 西岡 慧
2.「小児等在宅連携拠点事業」について 飯塚病院 小児科 岩元 二郎


○成人医療移行(トランジション)の概念

  • 小児期に何らかの基礎疾患を有して成人に移行する場合に3つのパターンがある。1つは完全に成人診療科に移行する場合で、成人診療科でも慢性疾患として関わりやすい疾患(喘息や糖尿病、血液疾患など)は比較的移行しやすい。2つ目は成人に達しても小児科と成人診療科の両方にかかる場合で、脳性麻痺などの重症心身障害児・者はこのパターンが多い。3つ目は成人診療科にはなかなか移行しにくく小児科単独でみる場合で小児期特有の疾患である先天代謝異常や染色体異常などは、成人診療科が経験しえない疾患であり、そのまま小児科が継続して診療にあたるパターンである。

○小児がんの治療の進歩と晩期合併症

  • わが国において小児がんの新規発症数は年間2,000~2,500人と言われ、がんの種類別では、白血病(32.9%)が最も多く、次が脳腫瘍(14.3%)、悪性リンパ腫(7.7%)、神経芽腫(7.1%)の順となっていて、成人のがんとは種類も発生頻度も大きく異なるのが特徴である。小児がんの治癒率は年々向上し、特に小児の急性リンパ性白血病は9割程度治癒しているのが現状である。しかしながら近年問題となっているのが、晩期合併症(Late effects)と呼ばれるもので、小児がんが治療を終了して治癒したとみられる患児の中に、小児がん自体またはその治療の直接的または間接的な影響によって生じたと考えられる合併症が出現することを指す。晩期合併症には内分泌疾患や低身長、骨筋肉症状や肝臓障害などがあり、さらには2次がんの発症もある。晩期合併症のリスク因子としては、治療終了後15年以上の経過例、固形腫瘍、放射線治療歴、造血幹細胞移植術歴、再発例が有意に高い。成人医療移行に関しては、小児がん経験者は治療を受けた病院で継続して医療を受けたいというのが半数あり、かつ実際には治療者側としても成人診療科に紹介しないで小児科医または小児外科医がみることが多いのが現状である。成人期の病名告知に関しては、6~7割の医師は80%以上の患者に告知をしているが、小児科自身は21 歳以上の小児がん経験者の長期フォローアップには不安を持っていることが多い。

○小児がんの成人移行(トランジション)を阻む問題点

  • 小児がんのスムースなトランジションを阻む要因として、家族側、患者としての小児がん経験者側、小児科医側、成人医療専門家側のそれぞれ4者特有の問題点があげられる。家族側の問題としては、患児に対する過剰な保護、小児医療への精神的な依存、将来のケアに関わる医療者への不信感などがある。小児がん経験者側の問題は、病名告知や診断、治療内容の把握、晩期合併症の危険性など医療情報不足と親への過剰な依存による自己管理能力の欠如などがあげられる。小児科医側の問題点は、自分の患者・家族を手元から手放したくないような感覚、小児がん経験者の自己管理能力を育成する視点の欠如などがある。成人医療専門家側の問題点としては、小児がん経験者の問題に関する知識・関心の欠如、小児がん経験者への共感の少なさや専門分化のため総合的視点が欠如している。

○長期フォローアップの必要性

  • 近年の小児がんの治療成績の進歩は著しく、5年無イベント生存率は本邦でも70~80%に及んでいると推測される。しかし小児がんの治癒を目指して、成長・発育盛りの小児期に抗がん剤や放射線治療など晩期合併症や心理社会的不適応を呈する小児がん経験者も少なからず存在する。小児期に発病した経験者にとって、人生の大きなイベントである就労・結婚・出産などは未知の体験であり、心理社会的なサポート、健康の維持・教育など包括的なヘルスケアによる支援が必要不可欠である。長期フォローアップの支援ツールとしてフォローアップ健康手帳やガイドライン(「小児がん治療後の長期フォローアップガイドライン」)などがある。血液腫瘍の専門医だけでなく、今後はゲートキーパーとしての総合的なヘルスケアを含めて、総合診療医とも協働して小児がん経験者の長期フォローが必要となってくる。

第262回 2/25’15(39回 筑豊周産期懇話会)

 演題1「母体搬送された妊婦の心理状態」飯塚病院産科 助産師
 演題2「当院における医療施設外分娩の検討」古賀木綿子(飯塚児)
 演題3「妊娠高血圧症候群にPRESSを合併し後遺症なく治癒した1例」畑 春香(社保田川産)

 レクチャー「子宮内反〜診断と対応について〜」山本広子(飯塚産)

第261回 2/10’15 「発達障害を科学する -バイオマーカー,睡眠からのアプローチ-」久留米大児 松石豊次郎 教授

一般演題:「当院のてんかん診療におけるレベチラセタム治療を行った症例の検討」飯塚病院小児科 松石登志哉


 平成17年4月に発達障害者支援法が定められ、自閉症(広汎性発達障害またはアスペルガー症候群)、学習障害、注意欠如多動性障害、その他として発達性協調運動障害などの4 つが発達障害と指定された。これらは主に国際分類としてのDSM-Ⅳに準拠した分類であった。そして今回のDSM の改定によりDSM-5では、広汎性発達障害(PDD)は自閉症スペクトラム症(ASD)に、注意欠陥多動性障害(AD/HD)は、英語表記はAD/HD と変わらないものの日本語名が注意欠陥多動症に、学習障害(LD)は限局性学習症に変更となった。
○AD/HD(注意欠如/多動症)

  • 最も多い小児の発達障害で小児全体の3~7%を占める。不注意と多動性と衝動性が3 主徴で、不注意優勢タイプは女児に多く、見逃されやすい。遺伝的素因が強く(8 割は遺伝的に決定)、小児期にAD/HDと診断された40~80%が成人期へのトランジションがあると言われている。そしてAD/HDの特徴として学習障害(LD)や反抗挑戦性障害、行為障害、抑うつ、慢性チック、夜尿症などの併存障害を持つ子が多い。AD/HDの診断は(1)意優勢型(9 項目の内6 つ以上が6 か月以上持続)(2)多動-衝動性優勢型(9 項目の内6 つ以上が6 か月以上持続)(3)混合型 の3 つに分けられる。男児に多く、女児の3~5倍、7 歳以前に存在し、2 つ以上の場所(学校または職場と家庭)で障害が確認される必要がある。

○ASD(自閉症スペクトラム症)

  • DSM-Ⅳの広汎性発達障害では、自閉性障害(いわゆるカナータイプ)、レット症候群、小児崩壊性障害、アスペルガー症候群、特定不能PDD(PDDNOS)とされていたが、DSM-5ではレット症候群は自閉症から除外。小児崩壊性障害とアスペルガー症候群、PDDNOSは下位診断から除外された。知的障害の程度に関わらず、一連のもの(スペクトラム)として捉えようとASD という概念に変更となった。ASDの頻度は小児全体の1~2.2%で、「社会性の障害」と「コミュニケーションの障害」、「想像力の障害とこだわり行動」の3つが診断のポイントであるが、感覚の過敏性(光や音に過剰に反応)や鈍麻(痛みに鈍感)などがあるのも特徴である。また知的機能にアンバランスがみられ、計算力や記憶力などある特異な能力が突出していたり、視覚情報としてのひらがなや数字を早くから覚えてしまうという能力もある。日常生活としては、睡眠障害(入眠困難や中途覚醒など)や偏食の問題も特徴としてあげられる。DSM-Ⅳでは、AD/HDとPDDでは多動衝動性などの類似の症状があればPDD を優先した診断になっていたが、DSM-5ではAD/HDとASDの併存は認めるとしている。

○薬物療法の効果

  • AD/HD の治療薬としてメチルフェニデート(商品名コンサータ)とアトモキセチン(商品名ストラテラ)があるが、薬物療法の効果は多くの研究で、70~80%はあると言われている。薬物療法で改善するのは、多動や注意の持続時間、指示に従うこと、親や友人との人間関係、課題や宿題をこなす能力、字がきれいになるなど。読解力や社会性、学習障害、理解や思考力を伴う学力に関しては、薬物療法でも変わらないとされている。薬が効く=AD/HDという訳でないので注意する必要がある。

○発達障害の疫学・背景

  • 発達障害の子ども疫学調査として、文部科学省が実施した小中学校の通常学級の全国調査(2012 年、教師への質問紙調査で回収率が97%)で、学習面または行動面で著しい困難があるとしたのが6.5%あったという。久留米市での調査では、この10年間で発達障害児が3~5 倍に増加したとの報告がある。発達障害児が増加している背景には、医療要因として平成21年以降、診断が徹底されたことによる増加と社会要因として給付金や学校の体制の整備によることがある。これらは見かけ上の増加と思われるが、真の増加の背景としては生物学的要因を抜きしては考えられない。環境がエピジェネティクスに影響を与え、脳の遺伝子を変化させて脳の機能に異常を引き起こすというものである。低栄養や薬物、環境化学物質、精神的ストレスが正常な遺伝をメチル化して異常な遺伝子がON の状態になったものである。早産低出生体重児が、正期産出生時よりも将来的に発達障害を来たしやすいことも言われているが、胎内環境の脳の未熟性が要因と示唆されている。早産低出生体重児はAD/HD の危険リスクである。

○発達障害児の睡眠

  • ASDの睡眠の問題として、入眠困難や睡眠時間の短縮、睡眠に対する不安、中途覚醒、パラソムニア(夢中遊行、夜驚や夜尿など)などがある。睡眠が短いと社会性の問題、コミュニケーション、常同行為が起こりやすくなるとの報告もある。脳の松果体でのメラトニン濃度の低下が関与すると言われている。AD/HDの睡眠に関しても閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の合併でADHDの症状や攻撃性が増すことも指摘されている。AD/HDと睡眠時の呼吸には密接な関係がある。発達障害児の睡眠は年齢が増すに従って悪化し、睡眠障害があるほど成績も悪い。子どもの睡眠と親の睡眠に有意な相関関係があるとされている。